第一印象を『大嫌い』の一言で片付けた担当上忍に連れられて、オレ達は誰もいないアカデミーの屋上へと来ていた。そこに順々に腰を下ろして、カカシの話を聞く。
「じゃあ、まずは自己紹介してもらおうかナ?」
好きなものとか将来についてとか話せばいいと言われても、誰だっていきなりは困る。むしろ…
(にこりと笑った笑顔がうさんくさいぞ)
(秋。起きたの?)
(ん、まぁな。しかし起きて早々コヤツの顔を見るとは、最悪以外の何ものでもない)
腹の中に住む同居人と同じ感想なのか、隣にいるサクラとサスケの方を見れば、2人も顔をしかめている。
「だったら先生からやってほしいってばよ!言い出したやつからやるのが、じょーしきだってば」
「それもそうだネー…名前は畑カカシ。趣味は、え〜……好きなもの、ねぇ。将来はー、そうだなぁ……」
という具合に、まぁカカシの自己紹介が終わったわけだが………全部曖昧にごまかしすぎ。カカシを全く知らない2人の中には可哀想だが、おそらく名前以外わからない変人的イメージが強く残ったことだろう。
オレは目の前の青年を改めて見た。銀色の短髪に眠たげな目以外は全てマスクで覆い隠して、怪しさ全開、折角の顔の良さも台無しな変人奇人の部類になるが、意識はそつなくこのあたり全体に向けている。そのあたりは、さすが元暗部というべきだ。
実力は…言うまでもないだろう。里の公の中では多分10の指に入る。ビンゴブックのお墨付きだ。だからこそオレとサスケの問題児2人を任せられたのだ。
そして、オレの親父―4代目火影・注連縄を敬愛していた弟子でもあり、その傾倒ぶりはすごかったと聞く。そのせいで、火影のじっちゃんの屋敷に預けられた頃、オレは4代目の仇と言われ、何度かこいつに殺されかけた。それ以来じっちゃんはオレからこいつを遠ざけたし、オレもこいつを危険者リストに載せている。
なのに、暗部で活躍する『緋月』や以前の暗部姿に一目惚れしたと言い、好きだの愛してるだのうるさくつきまとうのだ(その度に周りから制裁を受けてるみたいだが)。バレてはいけないのはわかるが、顔変えてないんだから気付けよ、と言いたくなることもしばしば。
(こんな奴が担当上忍で、ほんっとうに良いのか?ナル)
考え直すなら今のウチ、と言われてオレは苦笑を禁じえなかった。既にシカマルとイノだけでなく、特別上忍たちからもその言葉を何度も聞いている。
はっきり言って耳にタコができるほど聞いたのだが、心配してくれているのがわかるだけに何も言えない。
良いんだよ、とだけ秋華に返して、オレは目の前に意識を戻した。
カカシはオレ達を見回して、まずはサクラ、とピンク色の長髪の少女を指名する。サクラは仕方ないと一息つくと、カカシとは違って少女特有の笑顔を浮かべた。
「あたしは春野サクラ。歳は11、家は歯医者。好きな人は、もちろん……v(ちらりとサスケを見る)嫌いなのは、ウザイもの。将来はぁ………」
…何ていうか、恋愛色一色の自己紹介だな。年頃の女の子はみんなこうなんだろうか。
(普通の子供なら、そう育つだろうな)
そうか?まぁ、確かにサスケの追っかけをやってる女の子たちはサクラのような子が多いが、イノやヒナタはそうでもない。ハナビもそうだ。
横目で見れば、サスケにふいと興味なさげに横を向かれて、サクラはガックリと肩を落としている。が、すぐに気を取り直して毅然と顔をあげた。そういう立ち直りの早さは、忍の性格としては及第点をやってもいい。
「ん、じゃあ次。サスケね」
「名前はうちはサスケ。同じく11。将来なりたいものも嫌いなものも好きな…もの、も……………特に、無い」
一瞬だが、サスケの言葉の最後に躊躇いがあった。おまけにこっちを見たような気もする。心なしか頬が赤い。
(こればかりはかわいそうとしか言いようがないな)
(は?どういうことだ?)
(お前は気にせんでいい。ただの独り言だ)
同居人の言葉にオレは首を傾げたが、聞こえていないはずのサクラとカカシは微妙な顔でサスケを見ている。何とも形容しがたい表情だ。
しかし、サスケはそれを気にも留めず次の言葉を紡ぎだした。
「野望は……誰よりも強くなって、いつか、ある男を見つけ出し、殺す、ことだ!」
瞳の中に浮かぶのは、激しく燃え上がる憎悪。サクラは息を呑んで、顔を硬くする。知らない者なら、まぁ当然の反応だ。
恐らく知っているだろうカカシは、興味がないと投げやりに見ている。
だが、オレはその言葉を聞いた瞬間―――
(っナルト!!)
秋華に呼ばれて、一瞬で殺気を抑える。不覚にもサスケに鋭い殺気を向けてしまったようだ。エリートのうちはの末裔とはいえ、ただの下忍に今のはちょっときつかっただろう。サスケは今のに当てられたのか、青い顔をしていた。
無理はない。里一の忍の殺気を、一瞬とはいえ喰らったのだから平常ではいられまい。オレくらいのレベルになってくれば、殺気で人を殺す事も不可能ではないのだから。
オレは、止めてくれた同居人に感謝する。
(……悪ぃ、秋)
(構わぬ。今更なことだ。それよりカカシに気付かれなんだか?)
(あぁ。大丈夫だ)
話の当人はキョロキョロ辺りを見回している。どうやらサスケに殺気を向けたのは感じたが、目の前にいる自分が犯人だとは思いもしないようだ。
こんなのが里の実力者、なんて言われてると思うと頭が痛くなる。オレは気付かれないよう、そっと溜息を吐いた。
サスケの言う、ある『男』――――それが誰なのか、オレはよく知っている。
6年程前に木の葉で起きた、うちは一族惨殺事件の犯人で指名手配されている者。サスケによく似た面立ちの、車輪眼使い。
オレが知る限り、里の誰よりも強く賢く、『天才』と呼ばれた人。
「最後は、ナルトだよ」
呼ばれて顔を上げると、カカシがこちらを見ていた。さっきの殺気の主探しを諦めたらしい。
一呼吸おいて心を落ち着かせると、オレはにかっと笑って、『ドベで明るい悪戯っ子のうずまきナルト』の自己紹介をし出した。
「オレってば、うずまきナルト!同じく11歳っ。好きな食べ物は一楽のラーメン、嫌いなものは特に無し。将来は、火影を超えて里一の忍になることだってばよっ!」
(本当はすでに火影を越して、未来の火影確定だがなぁ)
からかうような響きをもって聞こえてくる声に聞こえなかった振りをして、笑顔で話し終えた。
これで7班(仮)全員の自己紹介が終わったのであるが………。
ところが終わったにも関わらず、いくら待ってもカカシは何一つ言葉を発しなかった。
それどころか、じっとこちらに視線を注いでいるばかり。
(………な、秋。オレ、何かヘマった?さっきので、やっぱバレた?)
(いや、全く。いつもと同じだったぞ。証拠にうちはのガキもピンク頭の子供も、こっちではなくバカを見ておるであろう?)
(う、うん;そうだよな……ってかいつまで見てるんだ、アレ)
じとりとこちらを見る奴のマスクの下は、なんだかにや〜っと笑っているような気がしてならない。背筋もぞくりとする。
そう。はっきり言って、気持ち悪い;というか、この視線は、何となく覚えがあるような………
「ねー、ナルト」
「な、なんだってばよ?!」
(思いっきり声が裏返っとるぞ)
(うっさい!!)
「俺ね、ナルトに言いたいことがあるんだヨv」
とか何とかしてる間に、オレの目の前にカカシが来ていた。しかも語尾にハートがついていた気がするのは、気のせいなんだろうか;
「お、おぅ;」
(お前の婚約者どもが恐れたことが、起こったようだな)
(そ、それって…?!)
カカシはぐいっと顔を近づけてくる。どさくさに紛れて手も握られていたが、それが嫌でも『ドベのナルト』は外すわけにはいかない。
「俺と、付き合わない?一目惚れなんダv」
『はいっ?!』
((またか………!!))
「でもっ、オレってばまだカカシせんせとは初対面だってばよ?!」
「そんなことないヨ。昔何度か会ってるし」
「む、昔っていつだってば?!」
「生まれて1,2年経ったくらい」
『そんなの知るか!!』
(あれらは『会った』に入るのか?!)
(…一応、『会った』ことになる、だろう、な。それよりお前たち、案外仲がいいかもしれんぞ)
いや、んなことどうでもいいし。ってか、昔と今のこの差は何なんだ?!普通殺そうとしてた相手を何年もたってから口説くか?ありえない!覚えてないとでも思ってるのか?!
「いっやぁ〜。小さな時はこんなに美人さんになるなんて、思わなかったからナー」
(ずーっとそう思ってくれてた方がよかったよっっ)
「オレ、男だってばよ?」
「うん。知ってるヨ♪俺は気にしないから」
ダメもとで聞いてみたが、さらりと返された。ってか、何でサスケがヘコんでるんだ。
その時、タイミングよくサクラが手を上げてカカシに話しかけた。
「はーい。先生には好きな人、いないんですか?」
「ん?いるよ。すーっごく綺麗な子♪」
ナイス質問だ、サクラ!それを受けてオレは断ろうとする。
「じゃあダメだってばよ!」
「そ、その通りだな」
「二股かけるのってどうかと思います」
オレ達が口々に言うと、カカシは、ん〜と唸って言ってきた。
「でも1人は今どこにいるか知らないし、現在の本命には滅多に会えないし、会ってもいつも冷たくされるし、まぁそこが魅力なんだけど。その周りからは妨害受けるし。それに、彼も大好きなんだけど、ナルトも好きなんだよネ〜v」
…………結論。こいつは結婚しても、平気で浮気するようなヤツだ。ほら見ろ。2人なんて、お前最低って目をしてるぞ。
「だから、付き合ってみない?」
「い、いや、オレってば遠慮するってばよっ」
「そんなこと言わずにサ。一回デートでもしたら、考え変わるよ。っていうか変えるし。だから、ネ?」
だいじょーぶ幸せにするから、なんて言われても、頷けるか!こんな世の中の人の敵になるようなヤツ、絶対ごめんだねっ。うわっ、抱きしめるな顔を近づけるな!鳥肌立つ!!
「か、カカシせんせ;離すってばよ!」
「え〜。ヤだ。抱き心地いいし」
んなこたぁ、どうでもいいから、離せぇっっ!!
とか思ってたら、サスケがぜぇぜぇ言いながら、馬鹿デカい風魔手裏剣を投げてきた。ひょいとカカシはよける。あの動きは無駄に大きい分よけられやすいから、サスケには練習が必要だろう。
「ん〜、危ないなぁ。刃物は振り回しちゃいけないって教わらなかった?」
「忍には関係ないだろうが」
構えたサスケから殺気が伝わってくる。相手はカカシ。というかオレならともかく、なんであいつがあんなに不機嫌なんだ?
(わからんのか?)
(全然。わかるのか?秋)
(………まぁ、な)
なんか溜息が聞こえてきそうな返事だったけど、今は置いておこう。そうしてる間にもサスケとカカシの会話は進んでいる。
「いい加減そいつを放したらどうだ?」
「へ〜、なるほど。でもサスケには関係ないでショ」
「そんなことはどうだっていいっ。ドベが嫌がってるのに、一向に離そうとしない。こんな変態が仮にも担当上忍だとは、世も末だな」
「失礼だね、君。仮にも名家の人間でしょ?もう少し態度は考えなきゃ。目上の人には敬語を使う、とかサ」
「テメェなんかに払う敬意はないっ!」
(うちはの子供にしてはマシなことを言う)
…同感だ。オレもこいつに払う敬意なんて持ち合わせちゃいない。よく言った、サスケ。そこだけは評価してやるぞ。
「今俺の中で、嫌いなモノベスト10に入ったよ。お前」
「ほぅ、そいつは光栄だ。俺も好き嫌いは特にないが、アンタは嫌いだ」
「せいぜい寝首をかかれないようにネ!」
「そっちこそ夜道には気をつけることだなっ」
笑ってる割には、なんだか不穏な台詞だが、2人とも殺気が増してる。しかもサスケは手に手裏剣握ってるし。これは戦闘まで秒読みか?!オレまで巻き添えはごめんだっ。
「いいかげんにしなさいっっ!!」
とその時、スっパーンっと2回景気のいい音が近くでした。
見ればサクラがハリセンを持って立ってる。どこから出したんだ、それ?
「さっきから見てたら、鬱陶しいったらありゃしない!まず、カカシ先生!」
「な、なにかナ?」
「ナルトを下ろして元の場所まで下がってください」
「えー、嫌…」
「今・す・ぐっ、下がってください!でないとセクハラで火影様に訴えます!」
「うぐっ!!」
サクラの剣幕に押されて、しぶしぶカカシはオレを下ろした。あー、助かった。
「で、サスケ君はその物騒なの今すぐ懐にしまって」
「なっ!俺は別に…」
「いいからっ…しまってくれるよね?私、早く明日からの予定の話聞きたいの」
笑顔で言われてサスケも黙る。さすが、イノの親友だけあって迫力あるな……オレも下手に逆らわない方がいいかも;
それからはサクラの監視の下、明日行われるサバイバル演習の説明を聞いて、オレはようやく開放された。
帰る間際にもあの2人の間で一悶着が起きたのだが、見かねたサクラがあいつらを放ってオレと一緒にアカデミーの門まで行ってくれた。
予定では家に帰るまでの間、カカシが監視役としてこっそりついてくる……はずだったが、結局来なかった。一日目からサボリか?まぁそのおかげで家には早く着けたのだが。
――――その帰り道にて。
(…………なぁ、秋。やっぱりオレ、この班の編成考え直したいかも;)
(ほれ、みぃ。言わんことじゃない)
自分の中の神が、カカカっと笑った。
しかし、後にどれだけ考えても、オレの代役になりそうな人材がいなかったことは………言うまでもない。