秋のさわやかな陽気が気持ちのいいその日。ようやく先月アカデミーを卒業した子達が下忍として活動する班の発表が行われた。
場所はもちろん今まで授業が行われてきた、アカデミーの教室。別クラスだったくのいち達も一緒である。
それもあって、教室はいつもよりにぎやかだった。
「おっはよ〜、だってば!」
ところが、少年にしては少し高めの明るいその声が響き渡った瞬間、教室が水を打ったように静まり返った。
馬鹿な、彼がいる筈がない。教室中の誰もがそう思った。
だが、彼の額には少し使いこまれてはいるが、皆と同じ木の葉の額宛。笑った顔はどこか得意気である。
「よ、ナルト!お前合格してたのか!!」
席に着いた途端、頭に白い子犬を乗せ頬に赤いペインティングを施した少年がすごく嬉しそうに駆け寄ってきた。
「キバ!おう。何かいろいろあったんだけど、イルカ先生が合格にしてくれたんだってばよ!」
「よかったじゃねーか!これで俺たち一緒に下忍になれたわけだ。な、赤丸?」
「ワン!」
「よかったな、ナルト」
「シノ。サンキュ」
同じく隣に来たサングラスをかけた寡黙な少年も、ナルトの頭を撫でて言う。変わらず無表情ではあるが、本心から言ってるのを知っているので、ナルトは嬉しそうに感謝の言葉を述べた。
前に座ってたシカマルとチョウジもにこやかに振りかって、会話に加わってくる。
「本当だね。試験終わったときは、もうダメかと思ったよ」
「まったくだ。めんどくせーから、心配かけさせんなよ」
「おう!まかせとけって」
「本当かよっ!調子いいやつ!」
へへっと笑うナルトをキバが小突く。その様子にシカマルもチョウジも頬を緩める。
アカデミーでも何かとイジメが耐えなかったナルトは、悪戯をして注目を浴びようとする者を演じながら、気づかれないようその仕返しをしていた。
その中で出会ったのが犬塚キバと油女シノ。ナルトが日々行う悪戯に目をつけたキバが自分も混ぜろ、と言ってきたのが始まりだった。それ以来近くの席にいたシカマルとチョウジ、
そしていつの間にか引っ張り込んだシノを交えて様々な悪戯が行われ、アカデミー教師陣の頭を悩ませ続けたのは言うまでもなかった。
「はっ!本当に実力で合格したのか、怪しいもんだな」
喜び合う彼らに下の段から水を差してきたものがいた。
黒髪で目元の涼しい、少女達の憧れの的になりそうな美少年。名を、うちはサスケという。
「む、サスケ!失礼だってば。ちゃーんとオレの実力で、合格もらったんだってばよ!」
「イルカ先生は甘いからな。案外、二度も落第したドベに同情したのかもしれないぜ」
「イルカせんせーは、そんなふこーへーなことはしないってばっ!!」
「そうだ、そうだ!ってかナルトぉ、お前『不公平』くらい感じで言おうぜ…;」
「そ、そうだってば?」
「そんなのも言えないのか、ドベ」
サスケの嘲笑にむすっと眉を顰めて、ナルトはがなりたてた。
「どっちにしても、ムカツクってばよ!」
「事実だろうが。成績は俺と反対で、いつも最下位だったやつが」
「見てろ、サスケ!いつか勝負して、絶対に負かしてやるってば!」
「やれるものなら、やってみやがれ!」
身を乗り出して睨みあう2人を、周りにいた彼ら…だけでなく、遠巻きに気にかけていたサスケファンの少女達もハラハラと見守っている。少年達はいつもの喧嘩と放っていた。
だが、中には一部違った目で彼らを見る者もいた。
「…………」
「シカマル、いつもの3割増で目が怖いよ。抑えてるんだろうけど」
「うっせぇ。俺もわかってる。だが、それを言うならイノはどうなんだ?サクラが隣にいるだろ」
「ん〜;イノも一緒なんだけど、アレはまだ誤魔化せる範囲にあるからね」
横目で離れた所にいる幼馴染を見れば、シカマル同様サスケを睨んでいる。しかし傍から見れば確かにそれは、隣のサクラの様に、サスケに絡むナルトを睨んでいるように見えるだろう。
イノが親友のサクラとサスケをとりあっているのは、アカデミー内でも有名な話だ。
「あーいう場合って、いいよな」
「それ、イノが聞いたらすっごく怒るよ」
以前他の人の目を欺くためにサスケが好きだと言い張るのは苦痛だ、とチョウジに言っていた良くも悪くも素直なイノの性格を思い出して、シカマルに釘を刺す。彼もそれには知っている、とだけ返した。
と、その時である。
ナルトの後ろの席にいた少年が、筆箱を前に落としてしまった。彼は慌ててそれを追いかけ、身を前へと乗り出す。
しかし、世の中そう上手くはいかなかった。
「あ、ごめん」
「大体そのスカした顔が、ぁうわっ!!」
「うぉっ?!」
前へ乗り出した少年がナルトに勢いよくぶつかり、ぷちゅっ、という音と共に彼の唇はサスケのそれとくっついていた。
『あぁーーーーっっ!!!』
一拍おいて、教室中から大きな悲鳴があがる。それに何事かと前を向いていた少年たちも後ろを向き、その現場を目撃し硬直してしまった。
とっさのことで動けなかった当事者2人は、すぐさま離れた。その反応は両者両様である。
「げっ!何でオレがサスケとキスしなきゃいけねーんだってば!!」
ナルトは盛大に顔をしかめて、拭うようにぐいぐいっと強く唇をこすっていた。いち早く硬直から解けたシノが、ハンカチを出してナルトの口を拭く手伝いをしている。
一方サスケは口元を袖で押さえて顔を赤らめていた。だが本人もその理由はわからないのか、困惑した表情だ。
(な、な、な、なにが今起きたんだ?!っつーか、やわらかい…)
思考も同じく混乱しているらしい。まともに言語能力が働いていないようだ。しかも何故かナルトが唇をこすっているのを見ると、悲しくもある。
そうして立ち尽くす彼だったが、突然頬と足に裂傷が走った。
「っつぅ!」
周りを見渡せば、壁にクナイが2本刺さっていた。誰がいつ投げられたのか、彼には全くわからない。おまけに背筋をぞくりと寒気が走る。だがそれよりも異常なのが、誰もこの事態に気付いていないことであった。
「(お、抑えて、イノちゃん!)」
「(離して、ヒナタ!!もう一発投げないと気がすまないのっ)」
「(そ、それじゃぁ、バレるよ!)」
クナイを構えようとするイノを必死で押さえ込むヒナタの姿があった。サスケにクナイの一本を投げたのはイノだった。
同じように向こう側では先程のクナイに引き続き印を組もうとしたシカマルがチョウジによって(やや乱暴に)押さえ込まれてる。
サスケは殺気に当てられて呆然としているし、ナルトはサクラに頭を張り倒されていた。
「(バレてもいいわ!)」
「(そんなっ!)」
「(あたしだって、まだナルといーっかいもキスしたことないのにぃーーーっっ!)」
「(わ、わかったから。だ、だから、暴れないでぇ!)」
里の優秀な稼ぎ頭の1人を押さえ込むのは、誰であろうと苦労することは間違いない。必死のあまり、ヒナタはすでに涙目である。
そしてその攻防は、下忍班の発表でイルカが教室に来るまで続けられた。
やってきたイルカによって事態を収拾された後、次々と所属する班と担当上忍が発表された。
もちろんその間には、少年少女達が騒いだり喜んだり、ナルトが一応班に文句をつけてみたり(変わらないから八つ当たりで脅してみた)、サクラがサスケに抱きつきに行ってかわされたり、
やっぱり班が気に入らなかったイノとシカマルによるクナイの嵐が誰かと誰かにお見舞いされたり(これもナルト達以外誰一人気付かなった)………etc...
そうやって班を発表され、ルーキー下忍たちは次にやってきた担当上忍に呼ばれて、それぞれ色々な反応をしながら教室の外へと出て行った。
「………来ない、ってばね」
「そうねぇ。もうかれこれ1時間経つものねぇ」
「…………」
1時間以上経った今、教室に残っているのはナルト・サクラ・サスケの7班3人だけであった。隣に誰もいないのをいいことに、いつの間にかナルトの隣にサスケ、サスケの隣にサクラと3人一緒に並んで座っている。
「他の班はもうみんな行っちゃったのに」
「遅いってばよぅ〜(どうせ理由は寝坊なんだろうけど)」
「何やってんだか。どんなやつかは知らないが、大体名前からしていい加減だ」
「そうよね、サスケ君v」
「サクラちゃん;語尾にはーとが見えるってばよ?」
「いいじゃない。別に」
そうは言うものの、退屈で仕方がない。何年か暗部の仕事を一緒にやってきて、その度に遅刻してくる相手の性格を知っているナルトでも、下忍になってからもこうなるのはやはり嫌だと思う。
さすがに痺れをきらして、ナルトはあることを考えた。
「?ナルト、どうしたの?」
おもむろに席を立って教壇へと向かったナルトにサクラは声をかける。
「へっへ〜っ。ちょっとしたイタズラだってばよ♪」
にんまりと笑って黒板消しとチョーク、教卓に入っていた定規を掴むとドアに家庭科用の糸を使って素早く仕掛けをする。
実際は中忍なら3割ほど引っかかる程度の罠に。だけどあの2人から見れば黒板消しの罠だけしか見えないように。
あまりの幼稚な悪戯に、サクラもサスケも思わず絶句した。
「……ナルト;さすがにコレはわかると思うわ」
「………バカめ;」
「でもさ、でもさぁ!逆にコレに引っかかったら大間抜けな先生、ってことにならない?」
「う〜ん、そうだけど…でも、引っかかる上忍なんていないと思うわよ」
サクラの言葉に、内心そりゃそうだ、とナルトは頷いた。黒板消しの罠は見た目通り、扉を開ければ頭に落ちてくる仕組みの、初級中の初級レベルの悪戯である。引っかかる方がおかしい。
そうして罠を仕掛けたナルトはまた席に戻ってゆっくり昼寝をすることにした。
それからたっぷり30分後、ナルトはふっと目を覚ました。
隣では暇つぶしに道具を磨くサスケに、サクラがただ話しかけている。
この教室に1つの気配が近づいてくるのが感じられた。ようやくお出ましか、と気配を探る。ナルトには嫌というほど覚えのあるその気配。
―――昔、火影邸に預けられてすぐ自分を殺そうとした、やつ。そのくせ、暗部にいる時は自分や他人がいくら追い払っても執拗に「愛してる」と言って構ってくる。どこか変態じみたあの目は、苦手だ。
(あー、ヤなこと思い出した…アレ以来あいつ火影邸出入り禁止をくらったんだっけ。ってか、あれを先生にっていうのが、上層部の判断として間違ってると思うんだがなぁ)
教師には絶対向いてない数々の特徴ある性格。だが実力は上忍の中でも確かな方だろう。ビンゴブックにも名を載せ、上層部の知る里の上忍達の中では一番実力があるからこそ、難点を抱えた子供2人にあれをつけたのだ。
『うずまきナルト』との10年ぶりの再会に、あれは一体どんな反応をするだろうか。殺そうとするか、無視するか……それとも。
ガラッ。ドカドカッ。ボスッ。
ドアが開けられた途端起こったこと後、目に飛び込んできた光景に、3人は唖然とした。
開いたドアに片手をかけたまま立っていたのは、短い銀髪に片目以外をマスクで覆った、いかにも怪しげな青年。
だが、その足元にはチョークやら定規やらが刺さっており、更に頭の上には降ってきた黒板消しが乗っており、上半身チョークの粉塗れである。
(あいつ、バカなのか…?)
(ウッソーっ!今時あんなのに引っかかる人なんて、いたのね;)
(………オレの担当、あんなので本当にいいのか?頭痛くなってきた…)
三者三様に思う中、青年は頭の黒板消しを払いのけると、チョークや定規を避けて教室内に入ってきた。
「えー、俺が今日から君達の担当上忍になる、畑カカシなんだけど。さっそく君達の第一印象が決定した」
飄々と、だがにこやかに告げる青年の目が、ちらっとナルトを見た…様な気がした。
「大嫌い、だ」
奇遇だな。オレもお前が、大嫌い、だよ!