「…のわっ!」
押されてくぐった扉の先は、何故か立派な玄関であった。
「は………?」
『おはようございますー』
元気のいい挨拶に奥から女中らしき人が出てくる。そして、いらっしゃいませ、と言って彼らを屋敷の奥の一室に案内する。
そこへ行く間にも、何人もの人がすれ違い会釈してくる。ナルトたちは平気そうだったが、イルカはとても居心地が悪かった。
だが、それよりも気になったのは。
「…な、なぁ。ナルト。今は朝の5時前、だよな」
「あー、そうだね。それくらい、かも」
「だったら、なんでこんなに人がたくさん、起きて働いているんだ?」
「そりゃぁ、次期当主様のご命令だから?」
どうして疑問系?と思ったが、部屋についてしまったので、イルカは聞きそびれた。
そして、部屋の襖を開けてイルカの眼前に広がった光景は…
「あ、こらチョウジ。まだ食ったらダメだろ」
「でもおなかすいたよ」
「まだ来てないでしょ?ん、この紅茶おいしいっ!」
「よかった。あの、母上が、ブレンドした新作なの」
「………」
広い和室の中央に位置する机に並べられたたくさんのおいしそうな料理と、酒のビン。まるで打ち上げのような光景だ。
ところが、それを囲んでいるのはアカデミーでナルトの同期だった日向ヒナタと、山中イノ・奈良シカマル・秋道チョウジの4人だった。
「あ、ナルちゃんお帰り。ハヤテさんたちもイルカ先生もいらっしゃいませ」
「や、やぁヒナタ;お邪魔してます」
「…ただいま、ヒナ。で?」
「えぇ、とっ」
「お邪魔してるわ、ナル!」
「ようやく来たか。遅かったな」
「ねぇ、もう食べていい?」
「お前ら…何でここにいるんだ?ここは日向の家だぞ」
そう。ここは木の葉の里でも一番の名家である日向家・本家の屋敷である。だからヒナタがいるのは当たり前なのだが、イノシカチョウトリオがいるのは、ナルトにとって予想外であった。
「家で卒業パーティーやってたんだけど、イノイチさんが大慌てで帰ってきてよ」
「パパが、ナルトが封印の書を持ち出して行方不明、って言ったから心配して、宴会抜けてきたの」
「で、ナルトがあと数時間で来るって聞いて、イノもナルトに会うまで帰らないって言うから、帰ってくるまで待ってたってわけだ」
「それはわかりますが…それと、日向家に来るのとどんな関係があるんです?」
「ナルトのことを聞くなら、ヒナタとネジ先輩が一番でしょう?ハヤテさん」
「確かに、一理ありますね」
「ナルトのことは、悔しいけど2人が一番把握してるものね」
「だな。シカマルたちの選択は正解だ」
「あのなー、そりゃあそうかもしれないけど」
「ね、食べていい?」
「………わかった;チョウジ、待たせてごめんな。食べてくれ」
「やったー!!」
一応ナルトたちが来るのを待っていたようだ。目の前においしそうな料理が並んでいるのに、食べられないのが我慢できないというのは、チョウジらしいといえばチョウジらしい。
むしろ今まで我慢できていた方が不思議だ、というのがナルトたちの意見ではあるのだが。
「イルカ先生もおなかすいてませんか?」
「あ、そういえば少し…ってネジぃ?!」
いつの間にか、イルカの後ろに去年アカデミーを卒業した日向ネジが立っていた。
「何で、お前がここに」
「ここ日向家だし。それより、結構運動したから先生お腹すいてるでしょ。ここ座って食べてよ」
「だ、だが、いいのか?」
「いいって。これはイルカ先生がオレの秘密を知る仲間になった祝賀会みたいなものなんだから。ほら、ゲン兄たちだって」
箸で指された方には、チョウジと一緒に、おなかすいたと口々に言って料理に箸をつけ、酒を飲む月影守のメンバーたち。
「少し早いですが、あの、…朝ごはん代わりに、どうぞ」
ヒナタがぎこちなく箸を差し出してくる。聞きたいことはいっぱいあったが、今は無理のようだ。とりあえず料理はおいしそうだし、本当にお腹がすいてもいたので、イルカはそれをありがたく受け取って、
ナルトたちと同じく料理に箸をつけ始めた。
様々な料理・デザート・酒…。日向家で用意された食事は、さすが名家お抱えの料理人が作ったというだけあって、どれもおいしいものばかりであった。
「うまいっ。この煮物いけるな」
「こっちの天ぷらも美味しいですね」
「もぐもぐ………」
「あ、チョウジ!それ俺のだぞっ」
「ゲンマさん、チョウジ聞こえてないから、言うだけムダってものよ」
「あら、この酒おいしいわ。お団子にもあいそう」
「本当にお団子好きですね;」
飲んだり食べたり騒いだり、祝賀会というより宴会といった感じだ。待っていた3人の子供たちを巻き込んで、大人たちは楽しそうに笑っている。
少ししてやってきたイノとシカマルが、イルカの隣に座っていたナルトにべったりとくっついた。
「ねぇナル。今まで何やってたの?」
「何って…そのまんま。封印の書持ち出して術の練習」
「今頃?そんなことしなくても十分強いじゃない」
「ってか初めから話せ。いったい今回は何を企んでた?封印の書なんてどれも、とうに持ち出したことあるだろ。まぁ、お前のことだから何かめんどくせーことがしたんだろうが」
「聞きたい?」
「「もちろん」」
イルカの隣でつまんでいた果物を飲み込んで、ナルトは機嫌よく話し始める。
いつもアカデミーでバカ騒ぎするナルトとは違い、今は大人のように落ち着いていて、イルカは一瞬別人のような錯覚を覚えたが、笑った顔は姿は違えどやっぱりナルトで、少し安心した。近くにいたネジとヒナタもそこまでは聞いてないのか、側によってくる。イルカは当事者ではあったし後日教えてくれるとは言われたものの、改めて彼の口から真相を聞きたかった。
ナルトの話によれば、こうであった。
もともとミズキが火影勅命の極秘長期任務に着くことになったのだが、彼はナルトの信頼する人物がこの里から一人でも欠けることを大層心配していた。
ところがそこへちょうど封印の書を狙う者がいるという情報が彼の耳に入り、どうせならそれを利用して前から目をつけていたイルカを秘密を知る仲間に引き入れる事を画策。それでミズキが狙う者と接触し、ナルトを使ってお目当ての書を持ち出させることをさりげなく吹き込み、実行役に彼を使うように仕向けさせる。
そうやって、卒業試験を落としたナルトに封印の書を持ち出させ、東の森の中で書ごと彼を受け渡す手筈になっていた(もちろん、実際はそいつを先に倒してハヤテたちに預けた)。
そこへ助けに颯爽と現れたイルカはナルトを守るためにミズキと対峙し、彼を攻撃されて怒ったナルトが覚えた術の披露をしてミズキを倒し、その強さを認めたイルカがナルトを合格にする。里がそれを知った後、ナルトとミズキがイルカに秘密を教えて仲間に引き込む。
「おまけに今年もオレを卒業させるなと上層部からの声もあがっててな」
「まだ、ンなこと言ってやがるのか。一度総入れ替えしてやりゃどうだ?」
「ムダムダ。お前みたいな貴重な人間、ここにいる人らとほんの一握りしかいないし」
上層部から言われた火影のために、1年留年してドベの称号も貰ってやったのだ。ネジもシカマルたちもいないのに、これ以上アカデミーに行く気など彼には更々ない。
だから律儀にも一度は試験に落ちてやり、後にイルカの手によって合格したというわけだ。イルカは判定員の中でも上層部の息がかかっていない上に、誰かを贔屓するような不公平さを持っていない。里人からの信用度もあるから、早々疑われるようなこともない。
「…ってわけ。まぁ心残りとしては、ミズキ兄がわざわざ悪者になって里を追い出された、なんてシナリオにしたことかな」
「ナっ……むぐ」
「なるほど。今回の試験で合否判定を任されたイルカ先生になら、誰も文句はつけられないよな」
「既に卒業者名簿にも名前を載せるよう手配済だ。だからもう怒るなよ、イノ」
「……っ怒るわけないじゃない!さっすが、あたしのナル!ってことは卒業できたんだから、下忍生活を一緒に送れるってこと?!やった〜!!」
「こらっ!ナルトに抱きつくな、イノ!」
喜びで抱きつくイノと、それを阻止しようとするシカマル。何か言いかけたイルカに気づくことなく、彼らはじゃれていた。
だが、ナルトの話はイルカの体験したのと全く違う話だ。それを言おうとしたのに、隣のネジが口を塞いできた。彼はネジに抗議の目を向けたが、小さく首を振られる。
(言うなってことか?)
そう目で聞くと、今度は首を縦に振った。何かここにも事情があるようだ。それを察してイルカは黙っておくことにした。
「え!!シカマルたちも暗部なのか?!」
途中ここでナルトとイノシカチョウとの関係を聞くと、彼らは同じ暗部の部隊員だと答えが返ってきた。
「そうっスよ。俺が『黒焔』でチョウジが『橘花』」
「で、あたしが『刹那』なんです」
どの名前も聞いたことのある、里内でも他里でも有名な、ビンゴブックに載る名前だ。
『月闇』コンビの片割れ、木の葉最恐の軍師『黒焔』。
里内の諜報力No.1の地獄耳の『刹那』。
暴走しがちな刹那のサポートをする、仏の『橘花』。
確か、緋月を隊長として結成されたS・SSランクを主に扱う暗部最強の部隊・零番隊所属の3人だったはず。ということは、彼らも実力を隠しており、それは相当強い。
「おまけにあたしとナルは、婚約者なんです」
「は?!」
「ちなみに俺ともっスよ」
そう言ってナルトと自分を指すシカマル。どうやらある出来事があって、一般には知らされず婚約関係が成り立ってしまったらしい。ナルト本人は将来どちらと結婚するかはまだ決めてないので、
今は名ばかりになっているそうだ。もっとも残りの2人はいたって真剣であるが。
「どっちも好きだし、親公認だから心配はしないでね。あと、性別もあんまり関係ないし」
「はぁ、(今イチよくわからんが)そうなのか。…じゃあ、ヒナタとネジも?」
彼らも暗部なのかと聞いたら、予想とは反する言葉が返ってきた。
「わ、私は…えっと、お、幼なじみ、なんです」
「俺もですよ。幼なじみというか親戚ですけどね。時々暗部の仕事の手伝いを要請されることもありますが」
イルカの箸を持った手が止まる。余程驚いたらしい。その隙をついて、隣のナルトが箸で持っていたからあげに、ぱくりと食らいつく。
「それ、もーらい」
「あ、コラッ、ナルト!それは俺のからあげ…じゃなくって!し、しんせきって…どういうことだ?」
「んー。アヤメ様と母さんは従姉妹なんだって。それに…日向は、極秘だけどオレの後見人なんだ」
「極秘?何でだ?」
からあげを食べた口を指でぬぐいながら、軽い口調でナルトは言う。
「考えてもみてよ。日向は今じゃ里一番の名家。対して、オレは九尾を抱えた化け狐。日向が化け狐を擁護するなんて知れたら、里はどういうことになる?」
「どうって…」
「日向の地位はガタ落ち。それどころか、里からの非難を浴びて、下手すりゃ一族全員抹殺、屋敷に放火」
「九尾を兵器と見る他里からも狙われるだろうな」
「?!」
「あ、ヒアシ様。アヤメ様も」
「この漬物、奈良さんから頂きましたの。よろしければどうぞ。おいしいですわよ」
「これはどうも;」
「本当は養子にほしかったのだがな。それはダメだと止められて、仕方なく後見人ということに収まったのだよ」
「はぁ…」
「大体、そんな事は覚悟の上で火影様から話を受けたのだ。構いはしなかったのに」
「そこまでご迷惑はかけられないですよ。ただでさえお世話になってるんだから」
「それこそ気にしなくていい。何しろあのシメとサクヤ殿の残した、たった一人の子供なのだから。面倒を見るのは当然というものだろう」
突然側に来た日向家当主のヒアシが話に加わる。顔が赤いところから見て、いつ潜り込んだのか知らないが、先程までハヤテたちのところで一緒に飲んでいたらしい。
「それでなくともだな!ナルト君は昔から本っ当に可愛らしい良い子で、頭もいいし……」
「イルカ先生、ヒアシ様の言葉は聞き流して下さい」
「また、はじまったね;父上のナルト君談義」
「へー。あの人って酔うとああなるのか」
「いつものことだけどね」
「この後初めてナルトさんがヒナタとネジさんと一緒に遊んだのを見て、どれだけ感激したかを事細かに喋りだしますわよ」
「…で、だな。一緒に連れて行ったヒナタとネジが、ナルト君と一緒に遊ぼうと誘いに行ったあの笑顔がな、………」
「……ほんとだ;」
「いいなぁ。あたしもお酒飲もっと♪」
「「それだけはやめろ!!イノ!」」
お酒を貰いにハヤテたちの方へ行くイノを止めるために、ナルトとシカマルが追いかけていく。イノにお酒を飲ませると何があるというのだろう。
そう思うイルカの隣ではまだヒアシの話が続いている。アヤメとヒナタとネジは完全無視を決め込んでいて、料理に手をつけながら仲良く話をしている。仲が悪いと世間では言われているので、イルカはただただ驚くしかない。
「イルカ君!!」
「はいぃっ!」
ヒアシに突如名を呼ばれて、イルカは勢いよく返事をする。
「…これから、ナルト君をよろしく頼む」
頭を下げてヒアシは言う。何だかまるで、嫁を貰う婿になった気分だ。
「はい。わかりました」
イルカはそう言って頭を下げ返した。ヒアシはそれに安心したように笑った。
向こうではナルトたちが、イノに飲まそうとするアンコと飲みたいと言うイノを抑えるのに必死である。チョウジは構わずご飯を食べている。
隣ではヒアシがまた話を続け始め、アヤメは一人静かに飲み、ヒナタとネジがナルトたちを見て笑いあう。
こうして、小さな宴会は太陽が昇り、8時過ぎに皆が寝るまで続けられた。
今日という日は、長く驚きの連続で幕を閉じた。だがイルカにとっては、今までで一番嬉しかった日でもあった。