夏の終わり独特の生ぬるい風が、部屋を通りランプの火をゆらしていく。
「そうか。ミズキは失敗したか」
たった今部下から事の顛末を聞かされた男は、その報告に盛大に毒づいた。
「クソ、化け狐めっ!調子に乗りおって!」
手にしていたグラスを床に叩きつける。木の葉の里で上層部に名を連ねる男は、九尾の狐を抱え込んだ少年を心底嫌っている一人であり、今回の『封印の書』盗難事件を裏で操っていた人物でもあった。
「火影様も火影様だ!あんな狐など育てて、そのうえ忍にするなどっ」

「爆弾に火を近づけるような行為ってことかしら」

部下と自分しかいないはずの部屋に、突如女の笑いを含んだ声が響き渡った。
「だ、誰だ?!」
「なるほどね。やっぱりそういうことだったの」
「ね?言ったとおりでしょう」
男が後ろを振り向くと、そこには見知らぬ若い男女が立っていた。全身黒い装束に身を包み、男の手には極細の長い針、女の手には一風変わった忍刀が握られている。
どさり、と音がした方を向くと、今度はさっきまで生きていた部下が物言わぬ塊となっていた。
「何だ、お前たちは?!どこから入った?ここは何人もの忍が警護にあたっているはずだ!」
「警護って、アレがか?」
だとしたら里の質も落ちたな、と言いながら今度は同じ黒装束の大柄の男が、部屋のドアから入ってきた。後ろには倒れている警護の忍たちが見える。
「楽勝だったわ」
「ええ、まったく。同じ里のものとして、どうかと思いましたがね」
「……あれだけの人数をたった3人で…っお前たち、な、何者だ?」
目の前の3人に恐怖を感じた男は問う。聞かれた3人は、左手の甲を掲げる。
「そ、それは、もしや……!!」

甲に刻まれているのは、血のように紅い逆さ三日月の印。その意味を知るものは、ごくごくわずか。

「ほぅ、知ってるなら話は早い」
「私たちが来た理由もわかるわよねぇ?」
それぞれ武器を構える。対峙するのは男のみ。男は冷たい汗をかきながら、侵入者たちに命乞いをする。
「ま、待て!火影様がそんなことを許すはずが…」
「火影様はご了承済みです。それにあの人がどう言おうと、我々には関係ないんですよ」
―――――我々の主は、3代目火影様ではないのですから。
それが、男がこの世で聞いた最後の言葉だった。
「任務完了」
「帰還しますか」
「早く帰んないと、パーティーに遅れちゃうものね!」
そう言いあって、3人は死体を部屋に放り出したまま、その場から風のように姿を消した。



お針子たちの講評



 長い長いトンネルを抜けると、そこは森の中の一軒家の前でした。

「…………………どこだ、ここ?」
緋月に促されて穴の中を歩いていたはずなのに、イルカの出た場所は見知らぬ森で、おまけに火影邸にも劣らぬような立派な屋敷が建っていた。
「こっちだぜ」
先に出ていた部下の一人が屋敷の入り口を指して言った。その口には千本が加えられている。どこかで見た仕草だったが、思い出せなかった。
「わっ」
「はいはい。考える前に入ってね」
後ろからきた緋月がイルカを扉まで押していく。それを見計らって部下のもう一人が扉を開けた。仕方なく足を踏み入れてみる。

  パンッ!パッパ〜ン!!

「「入隊おめでとう〜!!」」

「…………」
入っていきなりクラッカーの歓迎を受けたイルカは、驚きで動けなかった。ひらひらと色とりどりの紙テープが頭の上に落ちてくる。
 中でソファに座っていたのは2人の男に1人のくの一。その前のテーブルには軽い食事が並べられている。
「………あのなぁ;」
「あれ?あたし、何か悪いことやった?」
「だからやめとけって言ったんだ」
「イビキには聞いてないわよ。ねぇ緋月?」
後ろを向けば2人の部下はもちろん、緋月も頭を抱えている。
「あのさぁ…アンコ姉」
「なに?」
「オレまだイルカ先生に何も話してないんだけど;」
「うそっ?!」
「ほら、やっぱりそうだったんじゃないか。アンコさんは先走りすぎなんだよ」
えー、と叫ぶアンコにミズキがやっぱりという表情で言う。
「…っえ、ミズキ?!」
「うん。何、イルカ?」
笑って聞き返すのは、水色の髪の青年。どこからどう見ても、アカデミーでイルカと同じく教師をしているミズキ本人だ。
「え?あれ?じゃあ、さっきのあれは」
「あれ、人形だよ。後でイビキさんが回収するから大丈夫」
「そっか…じゃなくてだな!」
「わかってるよ。だから少し落ち着いて」
ミズキにソファに座るよう勧められ、イルカは開いている場所へ座る。いつの間にか緋月もあの2人も同じように座っていて、テーブルの上の軽食をつまんでいる。
「あー、腹減った。まともな飯食いてぇ」
「もう少し我慢することですね」
「そうそう。あとは説明だけだし。で、イルカ中忍」
緋月に呼ばれ、イルカは改めて姿勢を正す。
「さっきも言いましたが、失礼しました。オレはあなたの実力を知りたかったのです」
「私の実力…ですか。だが、私は…」
「えぇ。階級は中忍ですよね、表向きは」
イルカは思わず絶句した。今まで誰かに実力を隠していることなど、言ったこともないし、出したこともない。
「…いつ、それを」
「これでも暗部ですよ……と言いたいところですが、ミズキがそう言ったんです。『イルカ中忍は実力を隠している』と」
「イルカ。お前この間やったアカデミー教師の運動テスト、手を抜いただろう」
「………;」
「他のやつならともかく、僕にはバレバレだったよ」
「…どこで、わかったんだ?」
「100m走。必死で走ってるっていうより、余裕綽々って感じがしたからね」
ごまかそうなんて甘い、と得意げに言うミズキに、イルカはしまったという顔をする。
「…;それで、一体何のために、そうする必要があったんです?」
「実はですね、イルカ中忍に暗部に入っていただこうと思いまして」
「私が、暗部に、ですか?!」
イルカは驚愕した。自分が暗部に入れと言われるなど思いもしなかったのだ。
「で、ですが」
「といっても、あなたに入っていただきたいのは、ただの暗部じゃない」
「…つまり?」
「『月影守』というのを、ご存知ですか?」
「つきかげもり?…いいえ」
そんなもの聞いた事もない、と首をふったイルカに、そこにいた5人が左手の甲に刻まれた紅い逆さ三日月の印を見せた。そして緋月が説明する。
 『月影守』というのは里の暗部とは違い5,6年ほど前に結成された、火影の命の下に動く、木の葉の里の綱紀粛正を目的として構成された部隊であり、彼らを知るものは里の中でも3代目火影と、彼らを恐れるものたちのみという。
「いわば、暗部も知らない、裏暗部ってとこね」
「それに部隊っていっても、メンバーは5人だけだし、その内3人は元・暗部だからな」
「おまけにお互い結成する前からの仲だよ」
「それを改めて、という形で作った秘密部隊ですから」
ここにいる全員が月影守といわれ、改めて全員の顔を見回す。よく見れば、さっきまで戦っていた2人を除けば、全員イルカが知っている顔だ。
「知ってると思うけど、一応紹介しておきます。こっちの3人が、特別上忍の森乃イビキにみたらしアンコ、中忍の白洛しらくミズキ。それから」
「俺が特別上忍の不知火ゲンマだ」
「同じく月光ハヤテです」
「この2人だけは今も暗部をやってる。名は海生かいき弥生やよい
変化を解いた2人の正体と、彼らがあの有名な海生・弥生の2人組であったことに、イルカは更に驚く。
(どうりで強かったわけだ)
しかも余裕をもって戦っていたという。それを聞いて、自分がついていけるのか少し心配になったが、緋月が言うには「足の速さを買ったのだから問題はない」だそうである。
「それに、月影守の全員があなたを入れたいと希望したんです」
「そうです。でも、正直驚きました。オウカから聞いたのもあわせて、あのスピードは里でも1,2を争う速さだと思います」
「ついでに体も鍛えれば、あのカカシ上忍に勝てるかもよ」
「へー、すごいじゃない」
「やるじゃないか。イルカ」
ハヤテとゲンマの評価に他の面々もイルカを相当気に入ったらしい。口々にすごいと褒めてくる。
 そうして今度は緋月の紹介になったわけだが、
「それで、彼が」
「いい。オレはただの『緋月』で」
彼はハヤテの言葉を遮り、静かに告げる。その顔は未だ面でわからない。だが悲しそうだと、イルカは思った。
「ですがあなた無しでは」
「構わない。『緋月』で会えばいいわけだし」
「…そんなわけないだろ」
緋月の後ろにまわったミズキが、手に隠し持っていた一枚の札をさっと彼の背中にはりつけた。途端、煙が彼を包み込んだ。
「っうわ!何を」
「今回の計画は、イルカに真実を告げるのが最終目的なんだからね」
怒ったように言うミズキ。札は解呪札だったようだ。からんと音を立てて白い狐の面が床へおちた。そして煙が晴れ、そこにいたのは随分小さくなった緋月…ではなく。
「な、ナルトっ?!」
黒いマントに包まった、憮然とした表情のうずまきナルト少年であった。しかし、イルカの知っているナルトの姿ではない。背に流れる金色の髪は腰より長く、雰囲気も太陽より冷たい三日月の印象を受ける。
「……ミズキ兄…」
「今回の主役が隠れてちゃダメでしょう」
「………ナルト、か?」
おそるおそる聞くと、少年は氷のような目でイルカを見る。
「そうだよ。正真正銘のうずまきナルト、だってばよ。イルカせんせ」
表のナルトを知る者なら、まるで別人のようだと思う皮肉気な笑い方。11歳の少年ができる笑いでは決してない。
それを見てしまったイルカは、驚きとも悲しみともつかぬ顔をする。だが、ナルトは彼を見ていなかった。
(隠し切るつもりだったのに。これで終わった…どうせこの人も、里と同じように思うだろうさ)
 ナルトはアカデミーにいて、唯一ナルトを『ナルト』として扱ってくれるこの教師が好きだった。だが、それも正体を知られずにいたからだ。知られた今はわからない。
里の人間はナルトを化け狐と罵り、攻撃することがよくある。おまけにイルカの両親は九尾に殺された。これほど強いのはナルトが九尾だから、と思うに違いない。
彼はそう思って、うつむいたまま目を瞑っていた。保護者的存在の5人は心配だったが、ただ見守るしかできない。これはイルカとナルトの問題だからだ。
(イルカなら大丈夫…けれど、もし里人と同じ反応をするなら…)
ミズキがイルカを黙って見る。
イルカはしばらく動かなかったが、やがてゆっくりとナルトに手を伸ばし―――――抱きしめた。
「………!」
「そうか。ナルトが緋月だったんだな。それだけ強ければ、卒業試験は十分…合格、だ」
「………せん、せ」
「気づけなくてごめんな。卒業、おめでとう。ナルト」
「………ありがとう。イルカせんせ」
ふわりと微笑む。その笑い方はさっきとは違って、花のような笑顔だった。それに釣られてイルカも笑う。5人もそれに安心して口々によかった、と言い出した。
「これで、安心して里から旅立てるってもんだよな。ミズキ」
「えぇ、心置きなく外で動けます」
「外?お前、里を…」
「長期任務でね。いつ帰ってこられるかわからないし、もしかしたら一生無理かもしれない。でも、出ていった後が心配だった。だから僕の代わりにナルト君を守ってくれる人が欲しかったんだ」
イルカに目をつけたのは偶然ではなかった。
同じ里の中でナルトが懐いた、何も知らない人間は、イルカが初めてだったから。
だからミズキはイルカをこっち側に引き入れようと、今回の事件の動きも含めた計画をたて、皆で実行したというわけだ。
「要は里の全員を騙した、一世一代の大芝居だったってわけ」
「ま、そういうことね」
結果は大成功。見事事件は表でも裏でもまるく収まり、イルカをこっち側に引き入れることができた。終わった今となっては、よき思い出である。そう言って、月影守たちは笑った。
だがイルカはふと、疑問に思った。
「…あれ?月影守って5人ですよね?」
「そうよ」
「全員だと言うのなら、1人多くありませんか?」
「いや?別に」
イビキの言葉に嘘は見当たらない。だとすれば、どういうことなのか。そう聞くと、ハヤテが笑いながら答えてくれた。
「答えは簡単ですよ。ナルト君が火影代理だからです」
「あー、なるほ………………って、えぇっっ!!」
大絶叫が、ホールに響き渡った。思わず側にいたみんなが耳をふさいでしまう。
「ほ、ほかげだい、りって…ていうか、火影に代理って…」
「月影守は、火影は火影でも『火影代理』の命で動く部隊なので」
「まぁ、あたしたちの隊長みたいなものね」
「表沙汰には決してならない役職ではあるがな」
「はっきり言って、こっそり決めた次の火影候補だから、その勉強にとか何とか言って、じいさまが仕事と面倒ごとを押し付けるために作ったポストだろ」
苦い口調で言う緋月…いや、ナルト。さらりと頬にかかる髪を払いのける。
「おかげで、将来の里の基盤づくりができていいけどな」
「オレにとっちゃ、里なんてどうでもいいんだけど。じいさまとかいるから仕方無しに守ってやってるだけだし」
「というか、どうやっても離れられないのよねぇ」
「は?」
首を傾げるイルカだが、たくさん説明したから今日の話はこれまで、とナルトに止められ追求するのをやめた。これから色々知らなくてはいけないのだ。彼らはきっと後日教えてくれるだろう。今ならそう信じられる。
「で、どうするの?まだ返事聞いてないけど」
笑って聞くナルトに、全員の視線がイルカへと向けられる。
イルカの返事は、決まっていた。
「もちろん、お受けします」
『やったーっ!!』
一斉に歓声があがる。誰もが笑顔でイルカの肩を叩いたり抱擁したりして、喜んだ。
「これからよろしくお願いしますね。イルカさん」
「こちらこそ。ミズキの代わりが務まるかわかりませんが、精一杯ナルトを守ります」
「いいんですよ。ミズキの代わりにならなくても」
「………?」
「もしミズキがどこにも行かなくても、私たちは『あなた』という人を必要としたのですから。だから『代用品』じゃないんです」
「…ありがとう、ございます。ハヤテさん」
イルカはハヤテの言葉を噛みしめる。視線の先に、ナルトの笑顔が見えた。


これにて、計画終了。


〜あとがき〜
とりあえずミズキさん発案計画が終了しました(多分)
ウチのミズキさんは名字が白洛(しらく)です。水木の花が白だったんで、なんとなく。
ちなみにこの話、まだ終わっちゃいません。忘れてはいけない人たちが残ってます;
なのであと、もう一つ続きます…。