深夜、いくつか明りの点るアカデミーの一室に、ふわりと黒い影がどこからともなく降り立った。
「火影様、ただいま戻りました」
「ご苦労じゃったのう。緋月」
執務室に座る3代目火影に言われ、黒いマントを羽織った青年が立ち上がる。真紅の髪に白い狐の面。そこから覗く冷たい金色の瞳。
そこにもし忍の誰かがいたとすれば、その名とこの容姿を見てピンと来ただろう。
緋月――――木の葉の里・暗殺戦略特殊工作部隊に5年程所属し今は暗部総隊長を務める、3代目火影の懐刀であり、「月闇」と呼ばれる最強コンビの片割れの忍。
世界各地の強い忍の情報を集めたビンゴブックにさえ、名と容姿の特徴以外は全く記載されていない、半伝説と化した人物である。
「はい。報告書」
「うむ。ところで今回は少し時間がかかったようじゃの」
「情報が漏れてたらしくって、敵さんの数が増えてた。諜報局の奴等、使えなさすぎじゃない?」
文句を言いながら、面を外して後ろへとまわす。下からあらわれたのは、どんな女優より整っており、男と感じさせない中性的な雰囲気を兼ね備えた美貌。ただ、その表情は
似合わずしかめっ面であった。
「そういうのであれば、お主が自分で改善してみたらどうじゃ」
「ヤだ。あっちには既に刹那と橘花入ってるし、オレは暗部とじっちゃんの世話だけで手一杯」
そっぽを向くところなど子供じゃの、と思い3代目火影は嬉しそうに笑う。彼はその能力を評価しているだけでなく、実の孫の様に可愛がっていた。
だがそれが彼の気に障ったのか、更に緋月は顔をしかめるばかりだ。
と、その時。
「それ以上しかめてると、黒焔みたいに眉間のしわが元に戻らなくなるよ。緋月」
涼しげな声が彼の背後、ソファの方からとんできた。そこに座っていたのは薄い水色の髪の青年。だが初めからいたのか途中で来たのか、その存在感は今の今まで見事に消されていて、それを知っていた筈の火影でさえ驚いたが、
緋月は知っていたように驚きもしなかった。
「そう?ならやめとく」
淡々と答えて、ささっと素早い動きで印を組み結界をはる。そして、新たに印を組む。音と共に煙が出て、その中から青年とは違う人影が現れた。
「やぁ。お帰り、ナルト君」
「ただいま。ミズキ兄」
さっと立ち上がってミズキは、緋月から変わった人物を迎える。
陽だまりを集めたようなさらりとした長い金糸と深海を思わせる蒼色の瞳。緋月の顔をそのまま幼くしたような美貌。両頬にはしる3本のひげのような痣は、彼という人物を特徴付けるもの。
彼の名は、うずまきナルト。現在2度目のアカデミー卒業試験を間近に控えた11歳の少年である。
「ところで、何でミズキ兄はここにいるの?」
任務帰り?と挨拶代わりの抱擁を交わして、ナルトは幼い頃から信頼する兄のような彼に問いかける。
しかし彼は曖昧な笑みを浮かべるだけで答えない。代わりに答えたのは火影であった。
「ミズキには長期任務について話していたところじゃ」
「長期任務?」
「そうじゃ。…上層部には内緒での」
「で、こんな時間に?」
肯定の頷きが返ってくる。この建物にはこの一室にいる者以外ほとんどいない。残っていても残業の人ばかりで、上層部は全くいなかった。
「それって例の…偵察任務?」
「あぁ。この件はミズキが一番適任だと思ったのじゃよ。じゃがのぉ…」
「何年かかるか分からない、って言われたよ」
そう言う火影もミズキも少しだけ悲しそうだった。
「辛いな…」
「ミズキ兄…」
「毎日毎日ナルト君に会えなくなるんだから!」
「「…ミズキ(兄);」」
「うわぁっ。それって考えてみれば死活問題に繋がるじゃないか!」
力説するミズキに思わず脱力を覚えた2人だが、本人は至って真面目だったので何も言わない。
「とは言ったけど、まぁお受けするつもりではいるよ。詳細を聞いたけど、やっぱり僕が一番適任みたいだし。だけど…僕がいなくなった後のナルト君のことだけは心配だなぁ」
ナルトには前例があるだけに、ミズキはかなり心配だった。火影もそのことを知っているので、ミズキをこの任務に出すのはやめようか、と何度も思い直したほどだ。
だが、ナルトは大丈夫だと言った。決して無理はしていない笑顔で。
「あの時とは違って、あいつらがいるし」
「そうなんだけどね。…でも気になる事もあるし」
「気になること?」
「そう。………あ、そうか。ねぇナルト君」
心配顔だったミズキが急に明るい表情になった。その顔にはいい事を思いついた、と書いてある。
「ちょっとした、僕からの置き土産をしようかと思うんだ」
「置き土産?」
「そう!この間偶然見つけてね。だけど、僕一人じゃ捕まえるのは無理だと思う。規模も大きくなるだろうし。だからぜひナルト君に手伝って欲しいんだ」
それともいらない?なんて聞くミズキの顔は悪戯少年そのもの。それを見て取ったナルトはしばし考えて、にぃっと同じように笑うと、
「いいよ。他ならぬミズキ兄の頼みごとでもあるし」
「じゃあ決まりだね」
「あ、ハヤ兄たちにも話さないといけないよな」
「うん。…ではそういうことで、詳細は後日改めて申し上げます。なので、先に許可いただけませんか?」
「…後で、では駄目かのぅ?」
「えぇ。できれば今、頂きたいんです」
嫌な予感がする。許可を出せば何かが起きると勘が告げている。だが今出さなければ、確実に彼は実力行使に出る…気がする。火影が本気で相手にはしたくないランキングベスト10に、この青年は上位でランクインしてるのだ。
「…………いいじゃろう。ほどほどにの」
「ありがとうございます。火影様」
「サンキュー。じっちゃん」
悪戯ねずみ2匹が不敵に笑う。それを見てしまった火影は、後日計画を聞いて、許可を出したことを少しだけ後悔した…らしい。
こうして、1人の人生を巻き込むことになる、壮大かつ誰も知らない(一部除く)計画が始動した。