1年。365日。誰だってその中で嫌いな日というものはある。
オレのもっとも嫌いな日は…『誕生日』。
今も嫌いな『人間』が、全ていなくなってしまえばいいと思うほど、大嫌いになる日。
そして…決して祝われることのない日だから。



夢の花



 何か怒らせるようなことをしただろうか、とシカマルは考えていた。
それというのも、相棒であるナルトの態度が、どうもそっけない。
任務は普通にこなす。特にミスすることもないし、話しかければちゃんと返してくれる。
それに、相棒として付き合いだし1年も経っていないので、彼のことを全て知っているかといえば、全然そうではない。むしろ未だに謎が多い。もっとも、そんなところも魅力的ではあるのだが。
だが、何となく機嫌が悪い気がする。例えば、普段の1割増で寄った眉とか、普段の3割増で無口なところとか。ちなみにこの変化に、普通の人ならまず気付かないという自覚は、彼にない。
(原因は……やっぱ、あれ、だろうなぁ)
シカマルに思い当たる節は、一つ。
数日前に交わした、会話だろう。
もっといえば、シカマルの発したこの一言。

『そういや、ナルの誕生日ってあと1週間だったよな。初めてだし…何か欲しいもんある?』

そう。それから、だ。ナルトの様子が何かおかしいと思い始めたのは。
(何がいけなかったんだろーなぁ。俺の誕生日はプレゼント貰ったから、返したいだけだったんだけど。返事は確か「別に?」だったし…まさか、欲しいもん聞いたのがまずかったとか?!)
シカマルの頭の中は、困惑というより混乱していた。いくらIQ300の天才頭脳を持っていようが、彼は世間的には子供である。自分の好きな人の考えを完全に読むのは、まだ難しかった。
「シカ?」
「…ぅわっ?!」
間近にナルトの顔があったことに、シカマルは驚いた。
「ど、どうしたんだ?!」
「…どうした、はこっちの台詞。後ろ見たら止まってるから、何かあったのかと思って」
どうやら考えに没頭しすぎて動くことすら忘れていたらしい。これはかなり問題だ。
考えていても埒が明かないと思ったシカマルは、ここは本人に思い切って素直に聞くことにした。
「な、なぁ、ナル。何か俺、気に障ること言ったかっ?」
きょとん、と首を傾げたナルトに、最近機嫌が良くないこと、それがシカマルの『誕生日』発言が原因ではないかと考えたことを言うと、彼は少し間を空けて苦い顔つきをした。
「あぁ、何だ。よく気付いたな……別に、シカのせいじゃないよ。ただ、きらいなだけ」
一瞬、言われたことが理解できなかった。
「誕生日、が?」
「うん。嫌い。大嫌い」
子供相応の、無邪気な声でナルトはそう告げた。
「人間なんて、大嫌い。みんな嫌い。自分勝手で、嘘つき。全部消えてしまえば…最初からなければいいのに」
俯いたナルトの顔は、こちらからでは見えない。
ただ、乾いた声には何の感情も見えず、一瞬だが恐怖すら感じた。
それを感じ取ったナルトは、今までの虚ろな表情を取り去り、いつもの穏やかな笑みを浮かべる。まるで、仮面を被ったように、ごく自然に。
「今のナシ。忘れて。大体、慰霊祭あるからお前忙しいだろうし、別に気遣わなくていいから。じゃあ、またな」
軽快な声を残してさっさと消えてしまった金髪の残像を見つめるように、シカマルはその場に呆然と立ち尽くしていた。

 ナルトと別れたシカマルは、その足で図書館に向かった。考え事をするなら、ここの静かな雰囲気が一番だ。
閉館間際の館内は、人一人見えず、実に静かなものだった。
『だけど、一番嫌いなのは…そうさせてしまう、『自分』という呪われた存在』
最後に音無き声でそう呟いたのを、シカマルは確かに聞いた。
それが引っかかって仕方が無い。
「どうかしましたか?シカマル君」
声がしたので顔をあげると、銀縁眼鏡をかけた青年が隣に座っていた。図書館唯一の職員であり館長である八雲である。
そして里一番の知識人である彼は、シカマルにとって師匠と呼ぶべき存在であった。
「ししょ〜lぉ」
「おや、悩んでますね。めずらしい」
穏やかに微笑む八雲に、机にべたっと張り付いたシカマルは困惑の表情を見せた。
「…例えばさ。誕生日が嫌いだからいらないって言うやつに、何をプレゼントすればいいと思う?」
「難しい質問ですね。プレゼントは、要は気持ちです。心がこもっていれば、どんなものでもいいと思います。けど、いらないとおっしゃるのであれば、無理に渡す必要もないと思いますが」
「確かに気持ちが大事なんだけどさぁ…それじゃ嫌なんだよ。俺が」
おめでとう、と。一番大切と思える人から気持ちと一緒にプレゼントをもらったのに、自分はそれを伝えられない。
何かが…そう、思うだけでは、何かが足りないのだ。こういう時に限っていい案が思い浮かんでこない自分が、はがゆい。
同じようにしばらく考えていた八雲は何かを思い当たると、やがて数冊の本を持ってくると、シカマルの前に置いた。
「毎年、『彼』のお祝いはしているんです。皆気遣って、次の日に、ね」
「次の日…?あぁ。慰霊祭終わるまでは、忙しいっスもんね」
「だけど、誰も当日やその前に祝ったことはないんですよ。だから、どうしても後付けになってしまう」
「………師匠?」
「難しいですね。人というのは。例え口で言っても、それが嘘か本当かなんて言えない。気持ちを表そうとすると、『物』になってしまう」
苦笑した八雲の顔はどこか寂しそうだった。
「『彼』の誕生日のイメージは、多分呪われた日でしょう。里中から憎しみと怒りをぶつけられ、2度も大切なものを失くした…」
「2度…?それって…」
「今年は、しない方がいいかとも思っていました。大切なものだから、傷付けたくはない。だけど、それでは駄目なんですね」
だが、シカマルの言葉にそれ以上触れず、八雲は真摯な目をシカマルに向けた。
「シカマル君。どうか『あの子』の心に光をあげてください」
(2度と壊れかけないよう。あの子の心に、願わくば、あなたが支えとならんことを…)
これは、決して自分にはできないこと。だから、誰よりも早く心を許したシカマルであれば、と願ってしまう。
例え、他力本願と言われようとも、あの子供が大切で愛しい存在だから。
彼の眼差しの強さに驚いたものの、シカマルはその中に確かな想いを見取って、こくりと頷き返した。
それに満足した八雲は、何もなかったかのように穏やかな笑顔を向ける。
「しかし、用意するなら早くした方がいいですよ。何ていっても……」
その後続いた言葉に、シカマルは目を丸くした。
そして、目の前の本を猛スピードで読み何事かを考えると、慌てて図書館を飛び出していった。

その日の夜。
「はふぅ。いいお湯だったわぁ」
今日の修行過程を終え、晩御飯と風呂を済ませたイノはベットの上に転がって大きく伸びをした…その時だった。
「イノっ!!」
「っきゃぁぁぁっ!!」
突然、鬼気迫るような勢いでシカマルが窓から飛び込んで来た。
「……び、ビックリしたぁ。ちょっとぉ、窓から入んな…」
「今すぐあるだけ花寄越せ!!」
シカマルの言葉を3秒ほど時計を見上げ、たっぷりと息を吸い込んだ。
「っていうか時間を考えてから、言いなさいよねっ!!」
ただいまの時刻……午後9時23分。
3ヶ月ぶりに顔を見せた幼馴染に対して、イノは容赦ない怒声と拳をお見舞いしたのだった。


次の日の昼過ぎ。
庭で植物の手入れをしていたナルトは、ふと見知った気配を感じて、手を止めその人物を出迎えた。
「よっ、ナル!」
「何か用?今日は何も任務は入ってなかったと思うけど」
「俺が用事あんだよ。だってお前、明日は一日中寝たままになるんだろ?」
「……誰から聞いたんだか」
どこか疲れた顔のシカマルに、呆れたような、苦笑するような声で、ナルトは肯定した。

明日…10月10日は、7年前の九尾襲撃事件で亡くなった多くの犠牲者を偲ぶ、慰霊祭である。
だが、犠牲になったのは「人」だけではない。公には決してならないが(なったところで里の人間は悪いと思わないだろうが)九尾・秋華の一族や他の妖たちにも犠牲は出た。
八雲の話によれば、今でこそナルトの中に封印され落ち着いた秋華ではあるが、色々事情があるらしく、毎年この日になると「怒り」が勝って体内で力バランスが崩れ、上手く己を制御できなくなるそうだ。神の力は、純粋に力であるだけに強い。一つ間違えれば以前のような暴走を引き起こしかねない。
だから、ナルトは体内の力の暴走を防ぐために、その日だけ眠りにつく。家族ともいうべき神狐の一族の元で。
「里の人間」には怒りの捌け口として、精巧に作った人形を。「秋華」には自分を。
シカマルにしてみれば、ナルトは少々…いや、かなり優しいと思う。

嘆息したナルトは、それで、とシカマルを促す。
にっ、と笑ったシカマルは、両手を後ろに回したままナルトに言った。
「ナル、目閉じてろ」
「は?なんで?」
「いいから、閉じろ」
不審に思いながらも、ナルトは言うとおりに目を閉じた。
少しして、いいぞ、とシカマルの声がしたので、目をゆっくりと開く。

瞬間、視界に飛び込んできたのは。

まるで秋晴れの空を映したように澄み切った、鮮やかで真っ青な、一輪の、花。

「青い……バラ?」
「そ。っても一本だけだし、白薔薇に特殊溶液使って作ったやつだけどな」
結局、昨晩閉店後の店にはシカマルの欲しい花はなかった(当たり前だ、と怒られたが)。だが、白薔薇が一本だけ偶然余っており、見かねたイノが特別に譲ってくれたのだ。
シカマルは照れくさそうに頬をかいて、ナルトから視線を逸らした。
「一日早いけど、誕生日祝いだ。しかも手作りだぜ」
どういうつもりだろうか。やや呆然としながらもシカマルの言葉を待つ。
「や、青いバラってまだないもんだな。間に合わねぇと思った。でも、こいつもまぁまぁ綺麗だろ。お前の瞳の色想像して作ったんだけど、やっぱ同じってわけにはいかねぇのな」
同じにできるわけないと思ってたけど、と呟き、くるりと花を回しながら、シカマルは春の陽射しのような優しい目でナルトを見つめた。
「人の気持ちは、目に見えない。だからこそ、それを示すために贈り物をするんだ。手作りだと、なおさら心が篭ってるって言うだろ。  知ってっか?不可能の代名詞と言われたこいつが贈られるってとこからついた、こいつの花言葉。

 ………《神の祝福》、だってよ 」

この花をシカマルが「ナルト」に「贈る」というのが、どういう意味なのか…わからないナルトではない。
「これくらいならいいだろ。明日は誕生日なんだし」
「……オレは、誕生日なんて、祝ってほしく…」
「違うだろ。お前のことだから、どうせ『祝ってもらう資格がない』とか考えてんだろ」
「なっ……!!」
「大体っだなぁっ。呪われた存在だの、人間嫌いだの、ごちゃごちゃうっさいんだよ!!」
言いかけた言葉を無理矢理遮り、シカマルはナルトの目を見据えた。
「別にそれでもいいじゃねぇか。7年前のことは想像するしかねぇけど、今までの仕打ちとか考えたら嫌いになんねぇ方がおかしいし。っつーか、お前は優しすぎんの。あんなやつらのために傷ついてやることなんて何もねぇっての!  いいかよく聞けっ。世界は何事も釣り合いが取れてるもんなんだ!人間、誰からも恨まれてるやつなんていねぇんだよ。世界中探せば、誰か1人は絶対にそいつを好きなやつがいる。お前には、ネジやヒナタ、ハヤテさんたちやお前の姉兄弟たち…それから、今は俺もいる。  例え誰もがお前をいらないと言っても、俺だけはお前が必要なんだって言い続ける。俺は、お前が生まれてきてくれて、嬉しい。何年も探して、やっと出会えたこの奇跡に、感謝している。だから、こいつを誕生日プレゼントにした。信じらんねぇなら、何度だって言ってやるよ。あぁ、気が済むまで言ってやる!」
一気に言いたいことを並べて、終わった時には少し息があがっていた。シカマルは、一変して照れを隠すように苦笑を浮かべる。
「ま、一応神様に《神の祝福》っつうのは、どうかと思ったんだがな……っと!?」
突然ぎゅっと抱きつかれて、シカマルは息を詰まらせた。
ナル、と声をかけてみたが、返事はない。しがみつく体は少し震えている。その時、言葉が出ないのか、と何故か感じ取れた。
シカマルはナルトの体に手を回す。そっと壊れ物を扱うように、優しく、ゆっくりと。
「俺は、お前が好きだよ。ずっと隣にいたいと願うくらい…大切、だ」
耳元で囁くように言ってやると、服を掴む力が少し強くなった。
広がっていく胸の温もりに、段々顔が綻んでいく。シカマルも背中に回した腕に少しだけ力を加えると、目の前に見える暖かそうな金色の頭に、祈りを込めて口付けを贈った。
「…誕生日、おめでと。ナル」
「……あり、がと。シカ」
小さいけれど声が返ってきて、シカマルはナルトが離れようとするまで、しばらくそうしていた。

シカマルがナルトに贈った、青いバラの意味は。

『心から願う…優しき君に、世界からの祝福あれ』

透明な雫が、真珠のようにはじけ、ぽたりと地面に吸い込まれていった。


 喪に服する鐘が、荘厳な響きを以って里を駆け抜ける。
それを耳にしながら、白に近い金色の髪をした妙齢の女性と桜色の髪の若い女性は、木漏れ日の差し込む森の中で座り込んでいた。
妙齢の女性は、膝で眠る少年の鮮やかな金糸を梳いている。その仕草は優しく、慈しみを十分に感じさせる手つきであった。
「穏やかに眠っておるの」
「えぇ。本当ですね、お母様。毎年つらそうな顔をして眠っていたのに」
「昨年はあのようなこともあったのに…。一体何があったのやら」
「ふふっ。少し、妬けますね」
「じゃが、感謝すべきであろうな。この、花を贈った者にの」
あどけない顔で眠る1人の幼子を見て、決して起こさぬよう、小声で囁きあう。
彼女達にとって、幼子は至宝。大切な、家族。
『おーい。母上、春姉っ』
『ミコトに会いたいと子供が尋ねてきているが、通してもよいか?』
遠くから伝わってきた弟たちの声に、春菜と母と呼ばれた女性はくすりと笑いを零した。
『夏希、冬流。構わぬ。祝いに来た客を帰すのは、礼儀に反する。通しておやり』
『丁重に案内してあげてちょうだい』
楽しげな声音で、承諾の意を返す。
2人は、この日に感じたことのない嬉しい予感に、胸を振るわせた。
今年はきっと、今までで一番素敵な幼い愛し子の誕生日になるだろう、と。

幼子の胸に抱かれるのは、1輪の青いバラ。

目を覚ました時、子供は何を思うだろうか。

近くなってきた弟達と一度だけ会った黒髪の子供の静かな気配、そして何本もの強い花の匂いの訪れを、2人は早く来ないものかと楽しみに待った。


次の日、日向邸にて行われたナルトの誕生日祝いの宴会の中に、シカマルの姿があったことを追記しておく。



〜あとがき〜
ま、間に合わなかった…っ。しかもすっごく遅くなった上に長くなって!!今年は狙ってたのにっ(大泣)
というわけで(どういうわけだか)ハピバSSをお送りしました。友情以上恋人未満。
時間軸としては、イタ兄抜けた後、シカマルとコンビを組んで1年経つ前くらいな頃です。まだイノちゃんたちとの本当の出会いは起こってません。
個人的には狐の親子たちが出せたのと、先生出せたことが満足です(笑)ちなみに、青い薔薇の花言葉は…多分、本当かと。何かの本の一節から来てるそうです。
というわけで、改めて。ナルト、Happy Birthday!!