ここ数年、木の葉病院・暗部用特設病棟では密かに患者が増えていた。
しかも某所による調べでは、決まってリピーター(男)の割合が多かった。

原因は、ただ一つ。

……人はそれを、『白衣の天使』と呼ぶ。



綺麗なお姉さんは好きですか



 木の葉の里、ある日の夕刻。
一つの大仕事を終えた一団に負傷者が大勢出てしまい、さながらちょっとした戦場のようであった。
誰もが大忙しで、痛みに叫ぶ者や指示を出す医者の怒号が飛び交う。
それを負傷者の一人であったその人が目撃したのは、誰もが疲れ果てていた、そんな時だった。
「薬、追加できました!」
声が聞こえた瞬間。その場にいた男たちは一斉に釘付けになった。

色薄い、けれど柔らかなセピアの長髪。
ダイヤモンドを思わせる程透明な、ピンク色の瞳。
きめ細かく、新雪のように白い肌。
服の裾から覗く手足は細っそりとしなやか。
それら全てを総合した、神の贈り物とも言える、ビスクドールのように整った容貌。

そして、極めつけは……太陽の下で花開いたひまわりを連想させる、輝いた笑顔。

どれをとっても、すれ違う十人が十人確実に振り向く、最高級の美少女であった。
「大丈夫ですか?もう少し我慢してくださいね」
白衣を羽織りにこりと微笑む姿は、まさしく『天使』。さらりとなびく髪に天使の輪が映っている。
その彼女は近くにいた一人に近付くと、手際よく消毒をし包帯を巻いていった。その手付きさえも優雅で、その人も周りの患者たちもぼぉっと見惚れてしまった。
「か、かわいい…っ」
「あぁ。お前さんは初めてか」
突然隣から声が聞こえ、彼はビクリと肩を揺らした。見れば、入院着を着ている男性がいつの間にやら隣に腰掛けている。
「あの…あの子、何て名前なんですか?」
「あぁ。夜来サキちゃんていうんだ。まだ16歳だと」
「16ですかっ。どうりで、若いですよね」
「しかも、去年上忍試験に合格したらしい」
「…はぁ。すごいっスねぇ」
「しかし、幸運だったな。彼女は医療局の中でも薬開の非常勤だから、滅多に出てこないんだ」
薬開、と聞いて彼は驚いた。薬術極秘開発部―通称『薬開』は、医療局の中でも局長直属管理に置かれる唯一の部署で、人数は局長含めたった5人である。主に治療薬や治療術を開発しているが、偶に研修という形で他部署や病院に来ることもあるそうだ。しかし研究者が集まるためか、昔から配属されたくない部署ベスト2位と言われてきた所である。
「フッ。驚くのはまだ早いぜ。なんと噂じゃ、あの伝説の三忍の一人・綱手姫の愛弟子っていうじゃねぇか」
「へ?けど、綱手様ってずっと木の葉に帰ってきてらっしゃらないし、お弟子さんなんていないって聞きましたけど」
「だから、あくまで噂だよ。それほどまで優秀だってことだな」
16の若さで、伝説の綱手の弟子かもと噂されるほど優秀とは。色々驚かされる少女だ、と彼は感心した。
ふと、こちらに気付いて、少女はこちらへ近付いてきた。
「こんにちは。駄目ですよ、勝手に病室抜け出しちゃ」
「いいじゃんか。明日には退院だしよ」
「油断は禁物です。あら?貴方も手当て、まだみたいですね。やりましょうか?」
急に彼は矛先を向けられ、そういえば自分も腕に大きく擦り傷を負っていたことを思い出した。
返事を返す前に、彼女は素早く消毒液で彼の傷を清め、薬を塗って、包帯をくるくると巻き始めた。
「快癒スピードを少し速める薬です。よく効きますよ」
「す、すいませんっ。他の皆の方が大変だったんで」
「確かに怪我の大小は気がかりですが、放っておいていい怪我なんてないんです。はい、できました」
任務お疲れ様でした、と少女は最後ににこりと笑って、また他の手当てを待つ人たちの下へと去って行った。
彼は、思わずはぁ、と感嘆のため息をついてしまう。
「…惚れるだろ」
「え、えぇっ?!そりゃあ、まぁ…あんなに器量がよくて美人で、笑顔の可愛い女の子だったら、惚れるのも無理ないと思いますよ」
「フフン。だろ?医療局じゃ『天使』だって崇められてるし、ここ一月定期的にこっちで働いてたから、熱狂的なファンも多いんだぜ」
ということは、ライバルは星の数ほどいるということだろう。それを知って、彼は少しだけ落ち込んだ様子を見せた。慰めに隣の男も、ぽん、と背中を叩いてやる。
「けど、ここで落ち込んじゃいけねぇ」
「…ですよねっ。本当に好きなら、頑張らないと」
「いや、そうじゃない。地獄を見るのは、今からだ」
は?と彼が聞き返そうとしたその時。室内にざわめきが走った。どうやら、誰か来たらしい。
今度は、黒髪に一房オレンジ色のメッシュが入った、深い藍色の瞳、ブルーの縁のある眼鏡をかけ白衣を羽織った、理知的で異彩を放った青年だった。
「…誰ですか?あれ」
「朝行シン。18歳、上忍。開発研究局開発部の人間で、それなりに優秀なやつだ」
「はぁ。研究者ですか。結構若いですね」
「でもって、あいつが、地獄の元凶だ」
再び首を傾げた彼に、男は黙ってみてればわかる、と諦め気味に青年たちを指した。
「よぉ、サキ」
「シンっ。どうしたの?」
「どうしたも何も、お前に会いに行ったら、追加の薬渡してくれって医療局長に渡されたんだよ」
ほら、と手にしていた茶色の瓶を、青年は少女に渡した。
「あ、ごめんね。急患が入ったからこっちに応援に来てたの。薬、ありがと」
にこりと無邪気に笑う姿は、何とも愛らしいが、先ほど自分達に向けたのとは違い、信頼の色が濃く混じっている。
「礼なら、言葉じゃなくて、物が欲しいんだけどなぁ」
艶やかに笑うと、くいと少女の頤を持ち上げる。近付く青年の顔に、少女は顔を赤くして首を振った。
「だ、ダメっ。今はダメだって!まだ、手当て全員終わってないし、就業中だし…っ」
「なら、終わったら付き合ってくれるんだな?」
少女は、終わったらね、と小声で囁くように言った。それに、青年はにやり、と笑った。
「じゃあ、手伝ってやるよ」
「え?!だって、シン、仕事は?」
「終わった。急患で手が足りねぇんだろ?俺だって手当てはできる。それに、可愛いサキのためだ。それくらいサービスでやってやるよ」
そう言うと、青年は向こうの診察室を指し、ついでに手伝ってきてやるように言った。
「ありがとう、シン。終わったら、一緒にご飯食べようっ」
「あぁ。期待、してるぜ」
「うんっ。じゃ、ここお願いね!」
頬に軽いキスを受けた少女はくすぐったそうに青年に笑いかけると、薬を持ってパタパタと軽い足取りで去って行った。
残されたのは、数名の看護士と、大勢の患者と、問題の青年のみ。
何故か、重い沈黙の帳が下りる。
「さて、と。サキの頼みだ。この俺が直々に治療(じっけん)してやろうか」
「な、何がサキちゃんの頼みだ!自分で言ったくせにっ」
残された患者の内の一人が、青年に噛み付くように言った。すっと、青年の切れ長の目が細められる。瞳に浮かぶのは、危険な光。
「そうか。そんなに先に手当てされたいか。そういや、お前はサキにベタベタと馴れ馴れしく触っていやがったなぁ?」
低く嫌な笑いをたたえ、青年はその男に近付くと、無造作に白衣から取り出した黒い瓶の中から、緑の何かを取り出して、男の傷口へ直に乗せた。
「ひ、ひぃぃぃっ?!!な、何だこりゃあー?!」
「治療用バイオ植物X−V3だ。まだ改良途中だが、そいつの菌糸は傷口を塞ぐスピードを3倍にしてくれる…予定だ。早く直したいんだろ」
「い、いたっ、いたいっぃぃぃ!ップチプチいってるっ?!!」
「あ、毛先によ〜く染みる消毒液塗ったままだったかな?ま、死にやしねぇだろ」
悲鳴をあげる男を背にくるりと振り返ると、青褪める男達を前に、酷薄に口を歪めた。看護士たちは既に別の場所へ避難している。
「さぁ。お次の実験体(かんじゃ)は、どいつだ?」
そんな青年の趣味は、新薬の人体実験と愛しい少女をからかうこと。故に少女に近付いた男は、青年の報復を受けたとか。ついたあだ名は、『悪魔のマッドサイエンティスト』。
それ以降、約33分に渡って阿鼻叫喚の地獄絵図が続いた。


「………な。地獄、だろ?」
「そ…そう、ですね…;」
「ちなみに、あいつはサキちゃんの恋人だぞ」

その瞬間、彼は少女への淡い恋心を、今すぐきっぱり捨てることを決心せざるをえなかった。



〜あとがき〜
オリキャラの話……に見えて、実はシカナルです。えぇ、何と言おうとも。
一番最初の短編『たまにはこんな日』でちょいと書いた設定記述(医療局の上忍〜)からの派生話みたいなものです。
とりあえず、夜来サキ…ナルト、朝行シン…シカマルです。人手不足のために変化して上忍の仕事も時々やってます。
けど性格は天使と悪魔そのもので、この場合の2人だといつもと違って微妙にシカさん優位です。
ちなみに配属されたくない部署1位は、シンのいる開発部だったり(理由は彼筆頭で変人奇人揃い過ぎて辞めてく人が多いから・笑)。
まだまだこぼれ話が一杯なんですが、それはまた今度で。