桜の花が舞い踊り、朝の寒さが苦にならなくなってきた頃。
木の葉の隠れ里では、アカデミーの入学式が行われていた。
桜、舞う季節に…
春は眠い。暖かな日差しや、ゆったりと流れる風が、有無を言わさず眠りに誘い込む。天気はよく、奇しくも眠るにはちょうどいい気候だ。
「春眠、暁を覚えず……だなぁ」
ふわぁ、と欠伸をしながら、ナルトは呟いた。今日の彼はいつものように変化もせず、長い金糸をポニーテールにし、大きめの薄いトレーナーにハーフパンツ、とラフな格好でいる。
「眠そうだな。ちゃんと寝てるのか、ナルト?」
突然、隣から男の声がした。バリトンの、穏やかな声だ。
しかし、ナルトはそれに驚くことも、振り向くこともせず、じっと双眼鏡を覗いたままで答える。
「寝てるよ。ただ、こんな日は昼寝日和だと思うだけ」
黒焔じゃないけど、と、ここ数年来裏任務の相方を務める青年の名を引き合いに出す。面倒を嫌うかの相棒の趣味は、昼寝なのだ。
それに曖昧に相槌を打った男は、そのまま隣に座り込んで、ナルトと同じ方向を眺めだした。
「で。何か用?熊」
しばらくしてからようやく双眼鏡から目を離し、ナルトは隣の男を見た。
彼はちょうど新しいタバコに火をつけたところで、一度紫煙を深く味わってから口を開く。
「熊、じゃねーよ」
「はいはい、アスマ。で?確か今は雲でお姉サマに扱かれてるヤツが、ここで何してんの?」
「……雷影のことは言うな。ただの中間報告と、1日だけの里帰りってやつだ」
苦い顔をしたアスマを見て、ナルトは楽しそうに笑い出す。
「お前に会うついでに。火影様から『緋月』に任務を預かってきた」
渡されたのは、薄い巻物一つ。妙に少ないと思っていると、今日は一つだけだとさ、と彼は付け加えた。
ナルトは中に目を通して、内容を即座に頭に叩き込む。その際、最後に書き足された火影からの伝言に小さく笑って、手の中で全てを灰に帰した。
「どうかしたか?」
「いや…任務より、入学祝いしてやれ、だって」
「祝い?………そういや、日向のお前の幼馴染は、今年入学するんだってな」
誰とは言わなかったので、アスマはヒナタのことだと思ったらしい。別に間違ってはいないので、ナルトは黙っておくことにした。
「しっかし、今年は大漁なんだってなぁ。上層部がご機嫌だったぞ」
「あぁ。名家の子供大集合だぜ。見る?」
「見る。貸してくれ」
今年のアカデミー入学者名簿と各個人の写真付データを、アスマに手渡す。こんなものが手に入るのは、ひとえにナルトが暗部総隊長をやっているから、である。
「えっと…秋道、油女、犬塚……お、うちはの末っ子もいるじゃねぇか。んで………奈良…日向……山中、か。全員親そっくりに育ったな」
「だろ。こうして改めて見ると、よーく似てるんだよな。あいつら」
「そうだなぁ」
里で名家・旧家の、アスマがよく知っている、子供達の親を思い出す。亡くなったうちはを除けば、皆良い人たちばかりだ。
ナルトは、アスマがじっくりと名簿に目を通しているのを横目に、また双眼鏡でアカデミーを見出した。
「ところでよ。何でこんな遠くから見てんだ?」
「任務だから。名家の子供たちの護衛、言い付かってるんだ。アスマ、聞いてない?」
「いや、さっき聞いた。……って、そうじゃなくてだな。どうしてアカデミーから2kmも離れたこんな場所から、観察してやがんだ?近くでやりゃあいいだろうが」
「近くにいると、嫌な奴に会うから」
顔すら向けずに答えたナルトの口調は、苦々しかった。それは誰か、と尋ねると、畑に立っているもの、と返ってきた。
「……あぁ、カカシか!ってか、『緋月』になってもまだ追っかけられてるのか!?」
「あぁ…しつこいったらありゃしねぇ。ちなみに、バレちゃいないぞ。あと、親共に見つかると、色々面倒だから」
「そうか?名家の親は会えて大喜びすると思うんだが」
「だから、だよ。せっかくの入学式だろ。オレが行ったら、こっちにばかり集まってきそうだし、子供の晴れ舞台の邪魔になる気がして、な」
嫌なんだ、と。そう言ったナルトを横目で窺えば、少し哀しそうな表情の中に、どこか嬉しさが滲み出ているような気がした。それを目にしたアスマは、しばし驚いていたが、やがて微笑んで、きらきらと光る金色の髪に手を伸ばし、一気に掻き回した。
「うわっ。何だよ、急に!」
「いい顔になったじゃねぇか。この間までは、今にも自殺しそうなくらい暗い顔してたくせによっ」
「いつの話だ、それ!あれからもう、3年だぞ!!」
「お前、俺が最後に会ったのも3年前だぜ。中間報告で久しぶりに帰ってきてみりゃ、お前は相変わらず細いし、美人だし。けど態度はそっけないし!お帰りの一つも言うとか、俺がいることに子供っぽく驚くとか、ちっとはリアクション取りやがれっ!」
「だぁぁっ!!やめろって、熊!」
ようやくアスマの手から逃れた時には、ナルトの髪はぐしゃぐしゃで、それでも二人とも笑顔であった。
ナルトは双眼鏡を終うと、髪ゴムを取り、アスマに渡して背を向ける。アスマの方も、慣れてるとばかりに手ぐしで金色の長髪を優しく、丁寧に梳かしていく。
3年前よりも伸びたさらさらの髪は、暖かく、まさに光の束のようであった。
「あ〜、気持ちいい。このまま寝たいなぁ」
「寝てもいいぞ。夕方までには雲の里へ出発しなきゃならんが、後で起こしてやる」
「ん〜。寝たいけど、約束があるんだよなぁ」
「約束?」
「そ。来た」
「ナルト。こんなところにいたのか」
髪を編んでいると、ふと一人の少年がやってきた。青年に近い美少年とも呼べる容貌に、特徴的な白の眼。手には、小さな花束が入った紙袋を携えている。
「日向ネジ、か」
「お久しぶりです、アスマさん。帰ってらしてたんですね」
「いや、また向こうに行かなきゃならんのだが。そっちも元気そうだな」
「えぇ。俺もヒナタも宗家も、ハヤテさんたちも元気にしてますよ」
多少驚いた表情をしたネジだったが、旧知の仲であるアスマに好意的な笑みを浮かべて、挨拶をする。
「ネジ、持ってきてくれた?」
「あぁ。これだろう?」
「サンキュ。じゃあ、そろそろか」
「何だそれ?入学祝いか?」
「うん。ヒナタたちにやろうと思って」
けれど今日のように暖かくては、折角の花が任務中に萎れてしまうと思い、ネジにヒナタを迎えに行くついでに持ってきてもらったのだ。
髪を結び終えたのを確認したナルトは、ネジから色とりどりの花が入った紙袋を受け取って、軽い動作で立ち上がった。
「髪、ありがと」
「三つ編みだが、よかったのか?」
「うん。やっぱ、熊は器用だよなっ」
にっこりと笑うナルトは、本当に可愛らしい。じゃあ行くな、と告げると、ネジと共にアカデミーの方へと去っていった。
「…と、忘れてた」
「どうした?」
いなくなったはずの彼は、戻ってくると、立ち上がったアスマを座らせる。そして、アスマの頬に両手を軽く添えた。
「お帰り、アスマ」
「……!?」
「んでもって、いってらっしゃいっ」
リップ音のおまけをつけて。羽のように軽いキスを頬に贈ると、ナルトは親しいものにしか見せない笑顔で、今度こそネジと一緒にアカデミーへと向かっていった。
後に残されたのは、僅かに顔を赤くして佇む、大人一人。
どこから飛んできたのか、桜の花弁が数枚、春のお裾分けのように頭に乗った。
「………あ〜、可愛さにも磨きがかかったみてぇだなぁ。アイツ」
こりゃあヤベぇ、と呟きつつも。頭に乗った花びらを払い落としたアスマもまた、そこを去った。
とりあえずは、向こうに出発する時間まで、まだある。ナルトを通じて旧知となった特別上忍たちの話を、ちょっとした花見でもしながら聞こうか、なんて考えながら。
さて、入学式も終わり、親と帰ろうとしている子供たちで、アカデミーの門前は大変賑わっていた。
もちろん、その中には暗部の顔も持つ名家の3人の子供達――イノ、シカマル、チョウジの姿もあった。
「ふわぁ〜。あー、疲れた」
「って、アンタは寝てただけでしょ!!」
「でもさ、明日から楽しみだよね」
「そうよっ。何といっても、愛しの彼と同じように通えるんですものっ。絶対、仲良くなってやるんだから!」
「……いや、無理だろ、それ。学年違うし」
「あはは。いいじゃない。夢を壊しちゃ可哀想だって」
談笑しながら歩く父親トリオの後を、彼らは同じように歩いていく。
ふと、ざわめきが一層大きくなった。
「…?何かあったのかな?」
「さぁ?でも、女の子の声が多いわよ」
「………原因は、アレじゃねぇの?」
シカマルの指した方向にいたのは、2人の黒髪の美少年。どうやら、彼らの容姿に見惚れて、黄色い声が上がっているらしい。
「きゃぁっ、カッコいい!」
「うん。中々だね」
「っつーか、片方、ネジ先輩じゃん」
ナルトと繋がりがあるため、ネジの顔は知っている。だから、今更騒ぐこともない。だが、イノもチョウジも、もう片方には見覚えがなかった。
長い黒髪を三つ編みにして歩く眼鏡の少年は綺麗で、思わず一瞬見惚れてしまうほど。イノが言っているのは、もちろん彼の方だ。
あれは誰だ、と騒いでいる間にも、少年達はシカマルたちがいる方へと近付いてきていた。こっちへ来る、と喜ぶイノとお菓子を食べるチョウジを横目に見て、彼は気付かないほど薄く微笑んだ。シカマルはそれに小さく目を眇める。
そして、少年はシカマルとすれ違った。
『夕方4時に門前』
『了解。相棒』
『さすが。あと…入学おめでとう。シカ』
誰にも聞こえない小さな声で、彼らは囁きあった。最後の言葉に、シカマルは嬉しそうに笑う。
「ね、シカマル。あの人、知り合い?」
何か話したことだけは、気がついたらしいイノとチョウジがこちらを見ている。シカマルは軽く肩を竦めると、咄嗟に彼に押し付けられた紙袋をチョウジへと渡した。
「あれ、ナルだぜ」
「……ぅぇえっっ!?嘘っ」
「あ、本当みたい。ほらこれ、ナルトからの入学祝いだよ」
紙袋に入っていたのは、小さな花束とラッピングされた大きなパウンドケーキ。チョウジは、おいしそうと目を輝かせている。
「あぁ。あれってナルト君だったんだねぇ」
「ナルトか。一瞬わかんなかったぜ」
「おいしそうなケーキだねぇ。早く帰って皆で分けようか」
いつの間にか側に来ていた父親たちの言葉に、子供達は一斉に頷いて、アカデミーの出口へ向かう。
ただ一人、シカマルだけは、もう一度ナルトの方を振り返った。
彼は、日向一族の方にいた。大人しそうな従姉妹の少女に、ネジと一緒に花束を渡して、楽しそうに笑いあっている。
(『表』の性格はまだ知らねーけど。絶対、こっちでも仲良くなってやるよ)
桜の花びらが、春の風になびいて、薄紅色の軌跡を視界に描く。
嬉しそうにしている愛しい人を目に納め、決意も新たにしたシカマルは、少し離れてしまった5人に急いで追いつき、家路へとついた。
その後。
あまりに豹変している性格に、どうすれば仲良くなれるか悩んだシカマルとイノがいたが。
結局、ナルトが護衛のために留年するまで。その機会は全くと言っていいほど、訪れなかったことを追記しておく。
〜あとがき〜
入学式の季節なんで、つい。遊び心満載で、題字まで桜色にしてみたり。
というわけで、イノシカチョウ&ヒナちゃんの入学式でした。随分前に書き溜めていたネタの改定版です。今年入学された皆さんに、贈りたいと思います。
我が家の設定では、アカデミーは春入学して、9月に卒業です。1年が1年半、2年が1年で、1年から2年は勝手にあがるけど、卒業試験落第したら2年をもう一回、みたいな。あ、入学の年齢は最低ライン以外決まってません。ので、結構皆の年はバラバラ。
ちなみに、入学式が春なのは、アカデミー創設者の我侭だったり(笑)卒業が秋なのは…まぁ、話の時間軸から考えたとこです。
ちょっぴりナルさんの過去の話とか混じってたりしますけど、そこは軽くスルーしてやってください。
結局、何が書きたかったかって…ナルちゃんがシカさんと囁き合う所と、アスマさんとナルちゃんの兄弟(っぽい)ほのぼのが見たかっただけっ♪
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