誰かといることがこんなに嬉しいと思ったのは、何年ぶりだろうか。



傍にいるだけで



 夜の森は闇の世界だ。昼間とは違い、例え忍でも慣れない者では足場すら覚つかぬ危険な場所になる。おまけに今日は雨。本来見えるはずの下弦の月は姿を隠し、一層暗闇を深くする。
「がぁっ!!」
「…あと2人」
高く澄んだ声と共に、血飛沫があがる。
偶然見てしまった光景に、男は一瞬、我を忘れて魅入った。
かすかな光がきらきらと雨の中舞う様は、芸術的であり、神秘的であった。しかしそれは、同時に底知れぬ恐怖を与えた。
男は必死で走った。滑りそうになる足元に気をつけ、どこまでも追跡者の目から逃げようとする。
忍である男は、任務で巻物1つをある場所へと数人で持って行く所だった。それはさほど難しいものでもなく、それなりに経験の長い男は今回も成功だと踏んでいた。
ところが出発して数刻後、それは音もなく訪れた。
(どこから来る…左か、右かっ?!)
悲鳴が聞こえた気がした。それが仲間のもので、なおかつ先程の言葉が本当なら、もう男一人しか残っていない事になる。
どこで運命は狂ったのか。男は焦っていた。襲ってくる敵を返り討ちにしたことは何度もある。だが、今日たった一人で来たソレは、今までとは比べものにならない程強いものだった。
 木の上で立ち止まった男は、背を幹につけクナイを構えて警戒する。
耳に入るのは雨の音ばかり。視界も暗くてよくわからない。
突然、きらりと光る細いものが目に入った。
そして、次の瞬間。
「……………ぁ?!」
痛みを感じる間はなかった。血が全身から噴き出し、男の体は地上へと落ちる。
最後に見たのは―――――金色の光と白狐の面。それが何を意味するのか、男は知っていた。
「……あか、ぃ………つ…き」
自分を襲ったソレを、男は素直に、綺麗だと思った。


 落ちた体は、地面で2,3度バウンドした後動かなかった。それを見届け、ナルトは軽やかに近くへと降り立った。衝撃で被っていたマントのフードが外れ、鮮やかな真紅の髪があらわになる。
動かないところから見て、男は完全に死んだようだ。ナルトは今は18歳程になっている身体を折り曲げて、男の懐を探る。やがて一つの巻物を取り出し回収すると、印を組むことなく男の体に火をつけた。
今日の任務はある大名が盗まれた重要書類を取り戻すことだった。ランクはA。彼にしてみればウォーミングアップにもならない、簡単な任務であった。
雨だというのに青白い炎が体中に広がり、男を焼いていく。その様子を、じっと面の間から金色の瞳で見つめる。見る見るうちに、それは骨をも残さず燃え尽きてしまった。
「任務完了」
ぼそりと呟いて、ナルトは面を後頭部へ押しやると変化を解いた。
赤い髪はまばゆい金色のツインテール、金色の瞳は氷のような蒼、18歳の美青年は8歳位の白皙の美少女へと変わる。今は女であるものの、これこそがナルトの真の姿であった。
「クラン、じっちゃんの所までお願い」
上空を旋回していた鷹に似た鳥を呼んで、先程回収した巻物を箱ごと足にくくりつける。鳥は一声鳴くと、里の方へすぐさま飛び立っていった。
ここからでは見えない空を見上げる。夕刻から降り続く雨は、止むどころか勢いを増していた。衣服が水を吸って重く、肌に纏わりつく。
「…帰るか」
報告書は後日回しにしよう。そう思ってナルトは、来た時よりも静かに、夜の帳へと溶けるように姿を消した。


森を出て、雨が降り注ぐ中を風のように走り抜ける。
雨の日の任務は嫌いじゃない。濡れるのは困るが、気配は消してくれるし、返り血もすぐ洗い流してくれる。むしろ晴れの日より手間が省けて助かるくらいだ。
にも関わらず、ナルトは雨を好きにはなれなかった。
暗部の仕事にやるようになって、初めはそうでもなかったと思う。
いつからだろうか。雨の日任務から家に帰ると、突然何かが足りないと思うようになった。ぽっかりと胸に穴が開いた気になるのだ。
どんなに任務を成功させて満足であっても、それが消えた事は一度もなかった。
理由はわからない。いや、恐らくは知っているのだろう。多分、自分の中に同居している九尾の秋華も知っているのかもしれない。しかし彼にも、幼なじみのネジやヒナタ、今は特別上忍となったハヤテ・ゲンマたちにも聞いてみたことはなかった。 言えば、何故か悲しませるような気がしたからだ。ナルトは今となっては家族のような彼らを、これ以上悲しませたくはなかった。


 気がつけばナルトは霧幻の森の自分の家の前に立っていた。無意識の内に帰ってきたらしい。
だが、出掛けた時とは様子が違っていた。
(なんで、明かりがついてるんだ?)
行く時は消したはずの家の電気がつけられていた。中からかすかに声もする。
いぶかしみながらも、ナルトはそぉっと玄関の扉を開け、声のするリビングへと足を向ける。
「「「おかえりー、ナルト」」」
「…イノ、シカマル、チョウジ?なにやってんの?」
部屋にいたのは、同じ暗部零班のイノシカチョウトリオだった。1年程前からこの家に出入りするようになったとはいえ、昼間に来ることが多い彼らがここにいるとは思いもよらなかった。
「やっぱり濡れて帰ってきたわね」
イノはそう言ってオセロをしていた手を止めて、横に置いてあったバスタオルを手に取りナルトに駆け寄ってくる。そのまま頭のゴムを外し、タオルを広げふわりと頭から被せると勢い良く拭き始めた。
「うっわ。びしょびしょじゃない!風邪引くわよ」
「ん……っじゃなくて、なんで、イノがここにいるんだ?」
「いたらわるいの?」
「んなことないけど…」
「いっしょに晩飯食おうと思ったんだよ。材料は買って、すでに冷蔵庫行き」
ソファの上で寝転びながら、シカマルが言う。その手にはしっかり書庫から出された術書が握られていた。
「あ、そ。それだけ?」
「おう」
「なのに、ここ来る途中で雨にあうし、来ても誰もいないし!」
「任務だから、仕方ないって、っわぷ」
「とーにーかく!ナルのことだから、雨で濡れても構わずそのまま寝て風邪引くんじゃないかって、心配してたんだからね!」
少し赤くなってイノは言った。手付きは荒いが、一生懸命で優しささえ感じる。
「…ぁ…かぃ」
「?何か言った?ナル。」
イノが手を止めて聞く。タオルと髪の間から見えるその目は里人とは違い、優しい目。
思わず彼女の手に自分の手を添えて、彼女を見つめる。
「イノ」
「な、なにっ?」
「ありがとう」
見るもの全てを魅了するやわらかな微笑み。それを直視して、イノの顔は一層赤く染まる。
「きゅ、きゅうになによっ」
「別に。言いたくなっただけ」
笑うナルトにもうっ、と言いながらもイノはとても嬉しそうだ。
しかし、そんなナルトに後ろから手をまわして抱きすくめるものがいた。いつの間にか後ろに立っていたシカマルだ。ついでに抱きつこうとしたイノの手は、思いきり空をかいてしまう。
「のわっ!なに?シカ」
「ちょっとぉ」
「…いや、なんとなく」
「むっ。……!はっはーん。さては、妬いてるわね。シカマル」
「ち、ちげーよ!そういうお前こそ、顔がゆでダコになってるぜ」
「た、たこですってぇ!!失礼ね!せめてかわいいいちごって言いなさいよ!」
「誰が可愛いだって?!」
「まーた始まったね。」
隣にいたチョウジがにっこりと笑って言う。彼らの言い合いが始まった時点で、2人は少し離れていた。
「飽きないな、あの2人も」
「そうだね。ところでナルト、お風呂沸いてるよ。着替えはイノが風呂場に用意してくれてあるから、先入ってきたら?ご飯は僕が作っておくよ」
「ありがと。そうするよ。」
チョウジの気遣いに感謝し、そっとリビングを抜け出す。
「さてと、おいしいもの作らなきゃね」
それを見送ったチョウジはそう言うと、2人を置いて機嫌良く台所へと向かっていった。

イノとシカマルの喧嘩を後ろに聞きながら、足取り軽く風呂場へと向かう。
何だか今日は心が暖かい。穴の開いた感じは全くしなかった。理由はやっぱりわからないけど、今の自分はきっと笑っていることだろう。

ナルトにとって、雨の日が初めて好きだと思えた瞬間であった。



〜あとがき〜
ナルトが3人と再会?して1年過ぎぐらいです。
雨が好きと言えない、彼女の話。
雨降りなのは、昨日雨が降っていたので。