気紛れ、冷酷、残忍、狡猾……etc...。
光の王を1人は殺し、1人は追い出し、そしてもう1人の王をも(恐らくは)殺した我らが王は、名の通り、見事なまでにその言葉たちが似合う方であった。
だが、それゆえに暇を持て余す毎日は、退屈の連続であったのだろうか。
人間を嫌っているはずなのに、その人間に呼ばれて、我々に何も言わずたまに外へ降りては、しばらく経ってから、血の匂いを濃く纏い帰ってくる。
今回も何日も見かけなかったので、誰もがそうだと思っていた。
ところが――
「今日から余の《子》となった子供だ。丁重に扱え」
………とんでもないものを拾って、帰ってきました。
湧いて出た悪夢のような事態から現実逃避すること、数分後。
痛む頭を押さえて、澤木は今の状況をもう一度見直した。
目の前に立っているのは、彼らの主、焔緋だ。
服が黒、髪が赤なので分かりづらいが、血と煤の匂いがとんでもなく濃いため、十中八九いつもと同じで、大量の人間を殺して帰って来たのだろう(大怪我をした彼の血だ、なんて可能性は天地が引っ繰り返ってもありえない)。
問題なのは、彼が腕に抱き抱えてきたもの………それは、小さな子供、だったのだ。
年はおそらく、5歳にも満たない。色素の薄いセピア色の長髪に、アースブルーの虚ろな瞳。顔立ちは、男女どちらとも判断のつかない中性的な、それでいてどこにいても目を惹く美貌。
しかし、これが普通の子供とは、彼には到底言い難かった。
日焼け1つない真っ白な肌には、無数の傷と鬱血の痕。
通常の同年代の子供よりずっと細い手足と首には、頑丈な鉄の輪が嵌められていて、無理矢理切られたと思しき短めの鎖がついている。
「…この、子供は…一体っ」
「余が出向いた先で繋がれていた、子供だ」
気が向いたので連れて来た、と言った主人に、澤木はもちろん、他の子たち3人も一様に言葉を失くした。
気に入らないものがあれば容赦なく壊す冷酷な王が、シンに変換済みとはいえ人間を、それも幼い子供を、拾ってきたなど、それこそ「焔緋が怪我をして帰って来た」よりもありえない。目を疑った4人を、誰が責められようか。
「教育はそなたに任す、澤木。ルル、氷劉。後でアキに服を見立ててやれ」
「…はい。焔緋様」
「………えっ?!あ、あの、アキって…?」
「この子供の名だ。昶、というらしい」
腕の中の子供を愛おしげに撫でる焔緋は、今まで見たことのない慈愛に満ちた表情を浮かべ、それがまた彼らには不気味…もとい不安で仕方がない。
それが顔に出ている部下たちに、焔緋は意地悪気に、くっ、と笑いを漏らした。
「誰かに、似ているとは思わないか?」
言われて、子供をじっと見る。視線を向けられる子供…昶は、居心地悪そうに焔緋の方へ擦り寄って隠れようとする。
それでも気にせず昶の顔を見続け、ふと、髪を黒に、瞳を赤に変換して見れば、澤木とルルには見慣れた顔であった。
「……り、劉黒?!」
「ホントだ〜。劉黒サマそっくりっ」
驚愕する2人に、してやったと、彼らの主は始終楽しげに笑うばかりだ。
「リュウを、しってるの?」
突然響いた、初めて聞く鈴を転がしたような澄んだ音色に、一斉に視線が子供へと向けられる。
しばしの沈黙の後、たじろぐ昶に最初に声を上げたのはルルだった。
「…か……か、可愛い〜っ♪」
「愛らしい方ですね」
「えっと…これからよろしくおねがいします」
「うんっ、よろしく!あたし、ルルね!」
「氷劉、と申します。あちらは、澤木と志紀です」
「……ルル姉とひーちゃん、サワとシキ、だね」
ことん、と首を軽く傾げて名前を復唱した子供に、女性陣からの好感度は増すばかり。
その微笑ましい様子を横目に、澤木は難しい顔をする。一方、劉黒を知らない志紀は話についていけず、側にいた澤木に尋ねた。
「ねぇ。リュウコって誰?」
「…レイの、直結王族だ」
苦い口調で簡潔に答えた澤木に、部下の様子を見て楽しんでいた焔緋が補足をつけた。
「劉黒は、余が最初に殺した、お人好しでお節介焼きのレイの王だ」
『悪かったな。お節介焼きで』
割り込んできた、その聞き慣れた声に、ルルと澤木がぎょっとする。同時に、昶の周りに白い光が集まり始め、やがてそれらは人の形を取った。
黒い長髪に、ガーネットの瞳。影の世界ではありえない真っ白な服を纏った、子供をそのまま大きくした美青年。
だが彼は、今ここに存在するはずのない、はるか昔に命の潰えたものでもあった。
「り…劉黒サマっ?!」
「久しぶりだな、ルル。澤木も、元気だったか?」
「…えぇ。おかげさまで」
驚きのあまり、切れ切れに言葉を返すのが精一杯の2人に、劉黒は柔らかく微笑んでみせた。それは見る者を魅了する、光人独特の雰囲気を兼ね備えた、春の陽だまりのような笑顔だ。
ところがそれは2人に向けられた笑顔であって、焔緋の方を向くや否や、打って変わり恐い顔をして彼を睨みつけた。
「いつまでアキを抱いてる気だ。返せ」
「拾った時点で、余の物だ。誰が返すか。小姑め」
「誰がお前のだ!大体、私は行くところがないからお前に預けたが、この子を、お前なぞの嫁にやった覚えは、断じてっ、ない!!」
「本人は、余の元へ来るかと聞いた時に訊いたら、快く頷いたぞ」
「結婚の意味を知らない子供を誑かすな!!ロリコンと呼ぶぞっ」
契約を解いて地上へ返せ、と主張する劉黒に、焔緋はおろおろとする昶を可愛がりながらも、黙ったまま聞く耳持たずといった様子だ。
だが、寝耳に水であった部下たちは、黙っていなかった。
「「………よ、よめ〜っ?!」」
「……あら。おめでとうございます」
「ち、ちょっと待て!嫁って、この子は幾つなんですか?!」
血相を変えた澤木に、焔緋はちょっと考えるような仕草を見せた。
「次で……いくつだ?」
『知らずに連れて行くな。……次の冬で、5歳だ』
「それは…ロリコン呼ばわりされても何も言えませんね。というか自分の御歳を考えておっしゃってますか?!ついでにシンは成長なんてしません…っ」
澤木が、途中で言を止めた。獰猛に光る金の両瞳に気押され、冷汗が一気に吹き出し、咽喉がカラカラに渇いてくる。
「常識なぞ知るか。余はこれが気に入ったから、手元に置くまでのこと」
―――邪魔をすれば、そなたらであろうと、血を見ることになるのは…わかっているであろうな?
紅い唇が酷薄な笑みを浮かべる。視線を向けられない他の3人にも、背筋に震えが走るほどの、凄まじい圧力。澤木たち4人が、もっとも恐れ、それ故にもっとも魅かれる、支配者の気風だ。
ところが、一番近くにいる昶は全く怖がる様子もなく無邪気に首を傾げるだけで、代わりに、彼の言い方が気に入らなかった劉黒が眉を顰めた。
「おい。アキはお前のペットじゃないぞ」
「だから言ったであろう。『花嫁』に、と。この子供であれば、その立場が一番面白そうだと思ったまでのこと。それが嫌なら『娘』にでも変えるが?」
「言い方が変わっても、お前のお気に入りという嫌な立場は変わらないんだろうが」
余裕の笑みさえも浮かべて対峙する焔緋に、劉黒の真紅の瞳が苛烈な光を帯びて険しくなる。
その戦局に水を差したのは、焔緋の腕の中にいる子供自身であった。
「リュウ。いいよ。エンと一緒にいられるなら、何でもいい」
まっすぐと向けられる、深い青の瞳。昶だけに弱い劉黒は、やがて、渋々と了承の意を示した。
「アキが望むのならば、私は何も言うまい」
予想通り折れた劉黒に、焔緋は面白いものを見た、とくつりと笑った。
「では、まずは風呂に入るか」
「何でそうなる!!簡潔に説明してみせろ!」
「知らぬのか。親密の仲になるには、裸の付き合いが一番と言うではないか」
「それは同性同士の話だっ。婚前の女性の肌を身内以外が見るなど言語道断!!」
「はっ。身内というならば、余の《子》となった時点で既に『身内』ではないのか」
「戯言は寝て言え。犯罪者は身内に入らない!」
騒がしく言い合いしながらも、昶と共に風呂場へ向かう2人の姿は、あっという間に廊下の奥へと消えていく。
残された4人はというと、最初から最後まで呆気にとられたままであった。
「…え〜っと。焔緋サマの花嫁になるってことは、女の子だよねぇ?」
「そういうことになりますね」
「嫁ってことは、『姫』って呼んだ方がいいのかな?」
「………何がどうなっているのか……というか、あれは止めるべきところだったのか…?!」
あちらでは主人と幽霊(多分)の喧嘩、こちらでは和気藹々と件の子供について語る同僚3人。
どちらにしても、澤木の頭痛の種が増えるばかりなことには、間違いなかった。
マイ・フェア・レディ
〜人呼んで光源氏計画…?〜
〜あとがき〜
……突っ込みどころ満載で、スミマセン。赤いお方が犯罪者呼ばわりされてて、スミマセン…;
あーちゃん(女)in焔緋サイドのシリーズ、幼少期編です。とってもアットホーム的に進む予定(笑)
簡潔に言えば、兄なのか恋人なのかギリギリの焔緋様とシスコンもいいところの劉黒様と、彼らに振り回されて苦労する(のは1人だけだが)4人に囲まれる、やや天然のあーちゃん成長物語です。
|