あれは確かに、俺が悪かったと思う。
本気で殺そうとしてくる相手に対して、オレは無意識の内に手加減していた。
アイツの「子」だと聞いただけで…攻撃できなかった。本能が攻撃することを躊躇ったのだ。
守護者である相棒が、無理矢理とはいえ咄嗟に入れ替わってくれたおかげで、俺はまだ生きていられるわけだが(知らない奴にまで情けをかけてやる必要はない、とあの後かなり泣きつかれた)。
けれど、七夜と名乗ったアイツが現れたことは、オレに覚悟を決めさせた。
―――ふざけんな、あのヤロウ。1人で謝りに来るまで、誰が戻るもんか!!
マイ・フェア・レディ
〜無意識乙女たち〜
ついてくるな、と言葉を叩きつけて。昶は1人、廃工場の奥へ入り込んでいた。
繰り返される息が、荒い。全速力で白銀から…自分のごちゃごちゃとした感情から逃げたくて走ったのだから、当然といえば当然だ。ほぼないに等しい持久力が恨めしい。
「…っ、俺は、リュウじゃないっ!!」
喉を枯らすような叫びが、誰もいない空間に反響し、溶けて消えた。
ずっと黙って様子を見ていた劉黒が、心配して声をかけた。
『大丈夫、か?』
「………ん。もう、へいき…」
水のせせらぎのように心地よい声が、昶の熱を徐々に冷まさせてくれる。
上がりきった息を整え、周りを見渡しながらその場に佇んだ。舞い上がった埃が、微かな光の中で踊っている。何の音もなく静かだ。
「………白銀の、バカやろー…」
≪不愉快≫、≪失望≫―――あの言葉は、劉黒の代わりにすらならないと言われたようで、胸を締め付けられるような痛みが襲ってくる。
自分は劉黒の因子を継いでいるが、彼の力も能力も受け継いでいるが、彼本人ではない。
そのことは、昶にとって過去の心の傷だった。白銀から直接的に言われたわけではないし、あの時分からはかなりの時間が経過しているが、心に痛みが走ったのは事実だ。
無意識に手首を擦る昶に、劉黒はここで頭を撫でてやることもできない自分に歯痒さを感じる。
『アイツは昔からああいう性格だ。アキは、白銀が嫌いか?』
頭の中に響く、静かだが、望めばどうとでもしてやるという本気の声に、昶は戸惑いの表情を見せる。
「嫌いってわけじゃ……ない。好きでもないけど。ただ、信じきれないっていうか…っ」
ジャリ、と砂を踏む音が聞こえて、昶は口を噤んだ。
ややあって、見知った人物が姿を見せた。
「あ……やっぱ昶だ」
黒バージョンの、と躊躇いがちに挨拶したのはクラスメイトの綾だった。
何故ここにいるのかと問えば、買い物が終わったところで、人様の屋根を飛び回る昶の姿を見かけて追いかけてきたとのこと。今日学校に来なかったことで昨夜の事件で死んだのかと思い、ずっと心配していたようだった。
(なんか、今まで見えなかった人間とこうやって話してるのって変な感じ…)
『昨日、認識してしまったからだろう。賢吾と同じようにはできないし。残念だな、アキ。これから先は、シンになって学校抜けるのも不可能だな』
(……あぁっ、その手があったか!)
やっぱり白銀のせいだ、と悔しがった愛し子に、劉黒が苦笑する。
内心でそんなやり取りをしているとは知らない綾は、突然、一緒じゃないの?と尋ねてきた。
「……一緒?誰と?」
「あの人よ。白い黒づくめのアヤシーお兄さん」
『…確かに、今の白銀は怪しいな…;』
怪しいと言い切った彼女に拍手したいところだが、そのせいでぱっと思い浮かんだ白銀の顔を振り払う。今は顔も見たくはない。
いつも一緒にいるわけじゃないと答えると、綾は興味なさそうに頷いただけだった。
「何してんのか知らないけど、喧嘩もほどほどにしなさいよ?」
「好きで喧嘩してるわけじゃねー。それに、あれは喧嘩じゃなくて……」
そう、あれは喧嘩ではない。「戦い」なのだ。ただの家出だったのが、一歩間違えば死ぬ、そんな場所に己は立たされている。彼の真の目的すら知らずに。「対」であるのにも関わらず、何も知らされず利用されるというのが、昶にとっては苛立たしく、また白銀を信用できないと言った理由でもあった。
しかし、またしても続きを口にする前に、口を噤まされた。今度は、闇の気配が濃さを増したことに気がついて、である。
「……昶?」
「………少し、黙れ」
全身の感覚を研ぎ澄ませる。取り囲み始めた闇が、肌を心地よく刺激してくる。嫌な空気、と隣で綾が不安げに呟いた。
そして、その時は来た。
『後ろだ、アキ!!』
「綾、伏せろ!!」
劉黒の忠告と同時に昶は綾の頭を押さえて、コクチの攻撃をかわした。空気を切る鋭い音の後に、狂気に支配されるコクチの声がする。
「あ、あきら…っ、コレ…この間の?!」
「―――…あー、ちょっとマズイか?」
避けたと思ったのも束の間。2人は何匹ものコクチに囲まれていたのだ。
応戦しようと武器を出現させる。だが、綾がそれを見て悲鳴を上げた。
「ああああ昶、ソレ…!!」
「へ?………あ」
『折れたこと、忘れてたな』
昨夜の戦いですっかり折られてしまった手中のナイフを見て、昶は誤魔化すように頬を掻いてみせた。
本来の契約時ならば己の《武器》があるのだが、今は仮初めの契約であるため、本来の力が出せない。
『今から作り直すか?』
「えー、めんどくさ…」
「何独り言言ってんのか知んないけど、そんなんでどーすんの…きゃっ!」
コクチが襲ってきたので、昶は仕方なく綾を小脇に抱えて避ける。続けざまに鋭い刃が振り被られるが、武器なしの上に人一人抱えた今の状況では満足に攻撃できないので、避けるのが精一杯だ。
が、それも長くは続かなかった。
2匹同時の攻撃に、昶はつい綾を離してしまった。2人の体がコンクリートの床に投げ出される。
「綾、大丈夫か?」
「大丈夫……なわけないでしょうが!!」
昶に怒鳴った後、近くに転がっていた鉄パイプを持って、綾はゆらりと立ち上がった。
「アンタに命任せてらんない。私が戦うわ」
昶が止める間もなく、綾は鉄パイプを剣代わりにして、芯を叩くことでコクチを次々と消滅させていく。
『ふむ。ただの人間でもコクチは倒せるのか。それとも、素晴らしい才能だと言うべきか?』
「…間違いなく、後者だろ。ありゃあ、綾だからこそだと思う」
2人が呆気にとられて彼女の戦いぶりを見ていると、あっという間にコクチはほぼ全滅していた。
「覚悟、決めなさい」
「………何の?」
「アンタ、人の話聞いてなかったわね?!」
聞いては、いた。覚悟があれば武器は負けない、とかいう話だ。言われずともわかっている話ではあるが、今は本来の力が発揮できない状態であるし、あの時は折れても文句の言えない気持ちでいたのだから、返す言葉はない。
だがそれを綾に言っても、今更取り返しがつくことどころかますます酷くなる気がする。本当は耳にくらいは入っていたが、あえて黙っていることにした。
「や、お前の鬼のよーな迫力に負けてつい」
「つい、じゃないわよ!!もう一回耳元で聞かせてあげましょうかっ」
それは遠慮したい、と昶と劉黒が心の内で同時に言った瞬間。
「やだぁ〜っ、もう!アタシのコクチ、全部ヤラれちゃってるじゃないっ。しかも何だかよく判んないブッサイクな女に!」
サイアク、と甲高い女の声が降ってきて、昶と綾は勢いよく頭上を振り仰いだ。
そこには、欄干に腰掛ける1人の美少女がいた。ゴスロリ調の黒いミニワンピースに、ツインテールにした鮮やかなピンクの髪。綾や昶と同じ年頃にも見えるが、彼女から漂う気配は、闇そのものだ。
しかし、先日の七夜とは違って、彼女のことを昶と劉黒はよく知っていた。
(げっ…ルル姉?!)
『だな。昶を探しに来たのか昨夜のアレ絡みか、はたまた別の用事か。どちらにしろ厄介だな』
しかしルルは昶に気付かず、5mはある高さから平然と床に降り立つと、先程綾に倒されたコクチの内の1匹に近寄る。
「――……っやくたたず〜!!」
うぅ〜と小さく唸る彼女は、それを、思いきり殴り飛ばした。
「あんたたち、人の顔の区別すらつかないの?!人探しもできないなんて〜っ」
バカ〜っ、と八つ当たりするように(「ように」ではなく、まんまその通りだが)コクチを揺さぶって首元を絞める。
その様子に唖然としていた綾が、何あの頭の弱い女は、と呟いた。もちろん、それを聞きつけたルルが黙っているわけもない。
「なによっ。頭がヨワイってどういう意味!」
「言葉通りに決まってるじゃない」
「うぅ〜。何よ貧乳のくせに!!」
その瞬間、昶は隣に異様な寒気を感じた。ビシリと音をたてて固まった綾の口から、地獄の底から響くような低い笑い声が洩れる。
『今のは禁句、だぞ。ルル』
「…綾、早まんなよ…」
「昶ぁ?止めんじゃないわよ」
殺気全開で獲物片手に飛び掛かる綾を、紙一重で、けれど余裕を持って避けるルル。彼女の強さを知ってる昶たちには、遊んでるようにしか見えない。
「ルル、やばんな女きら〜いっ」
「奇遇ね。私もキャピキャピな女はきらい、よっ!!」
話す間にも荒い綾の動きから、ルルはするりと身をかわしていく。やがてそれに気がついたのだろうか。綾は、ぴたりと動きを止めた。
「…ちょっと、楽しくなってきたわ」
ルルの強さは逆に、綾の闘志に火をつけたようだった。深呼吸して息を整え、彼女は鉄パイプを片手に抜刀術の構えを取る。
「鈴野綾、参ります」
宣告した、瞬間。綾は一気に跳躍した。
先程とは別人のような速さで、相手の懐に入り込み鋭い剣捌きを披露する。
それでも、ルルの素早さには少しばかり届かなかったらしい。
「や〜んっ。この女ゴリラみたい〜っ。助けて〜♪」
少し驚いたルルは、綾の攻撃を避けると完全に傍観者となっていた昶に目をつけて、腕を絡ませくっついた。
「ちょっ、昶から離れなさいよ!!あんたもデレデレしない!」
「どこをどう見たらそうなるんだ」
「へぇ、アキラ君っていうんだぁ。結構好みだなぁ……って、あれ?…あきら、くん?」
「おぉ…」
「…………ヒメ?」
「………気のせいデス」
ぱちくり、と音が聞こえそうなくらい大きな瞳を瞬かせて、ルルは目が泳ぐ昶を穴が開くほど見つめる。
ややあって、彼女は喜色満面にうっすら涙すら浮かべて、ぎゅうっと昶に抱き着いた。
「ひめぇ〜っ!!今までどこ行ってたのっ」
「ぐ……苦し…っ」
「元気にしてた?どこも悪くしてない?」
「えっと」
「ルル、一生会えないと思ったよぉ!もうダメ、ヤダ!お願いだから帰…むぐ」
「わーわーっ!!」
拙い部分を大声で紛わせ、昶は慌ててルルを廃屋の隅まで引っ張った。
「っぷは。え、何?」
「頼む、ルル姉!俺との仲とアイツのことは、内緒にしてくれっ」
「それはいいけどぉ…」
「ついでに、俺の居所も皆には、特にアイツには絶対言わないでほしいんだ。お願い!!」
「…いいよ。姫の頼みだから、特別に聞いてア・ゲ・ル♪でも、何でそんな…」
ふと、違和感を感じた彼女は、言葉を切った。
目の前にいる昶からは、影の気配がする。いや、それはシンなのだから当然だ。しかし、「男」であるのは、《劉黒》を影代わりにして人間と変わらぬ状態になっている時のみ。本来の性別は「女」のはずで、家出するまでは間違いなかったと記憶している。何より、傍らには常に守護者である劉黒の姿があるはずだ。
それらを知っている故に今存在する矛盾の数々に、そして彼女の纏う色彩が守護者と同じものであることに、今更ながらこの時ようやく気がついた。
「…れ?姫、もしかして今『シン』なの?」
やや呆然として、彼女は尋ねた。気まずそうに目を逸らした昶に、信じられないという視線が突き刺さる。
黙って昶を見ていたルルは、やがて一つの結論に至ったのか、険しい顔でぽつりと呟いた。
「白銀様?」
「………不可抗力だ。好きで契約してるわけじゃない」
俺の主はただ1人だ、と告げた昶に、ルルは安堵の笑みを浮かべた。
「そっかぁ、よかった!でも、劉黒様は?」
「いるよ。けど、二重契約になったせいか、声しか聞こえない。リュウ?」
『ここにいるんだが…声は恐らく聞こえてないだろうな』
「…ゴメン、姫。焔緋様じゃないから、やっぱり聞こえない」
「だろうな。で、戻るには多分…」
白銀との契約を解くしかない、と言外に続けた。
けれど、そうすれば間違いなくここにはいられないだろう。焔緋の元に帰れず、白銀に追われ、そんな日々を過ごすのはごめんだ(というか、いくら劉黒がいても2人から逃げきれる自信がない)。
「家に戻るの、まだ嫌なんだ。っていうか何か怒ってる?」
「…七夜、っていただろう」
「あー…いたね。ナナちゃん(消されかけてたけど)」
「俺、知らなかった…」
「そりゃあ、姫の家出の後で焔緋様が……あぁ;」
「…俺の代わり、ってことだろ。つまり俺はそれだけの存在だったわけだ」
「いや、絶対それだけはないって!!」
「だってもう3年だぜ?あの人が本気を出したら、オレなんてすぐ見つかるはずなのに。一向に姿すら見ないじゃん」
「それは、お仕事が多いのと、えぇっと色々あるだけであって、そう思う気持ちはわかるけどぉ」
「大体、あんな大人が、オレみたいな可愛げのない拾い子を、本気で相手にするわけないんだよ」
「そ、そんなことはないよ?」
昶の家出の理由に気付き始め思案顔をするルルに、力をこめて首を振った時だった。
「あ〜ん〜た〜た〜ち〜。いい加減、私を無視すんじゃないわよっっ」
地を這うような低い声と同時に、空気を裂いて飛んできた鉄パイプがルルと昶の間に割って入った。
小さい声だったので、会話の内容は聞こえなかったものの、すっかり存在を忘れられていた綾はすっかりご立腹だったらしい。
尋常でない殺気が、ルルだけでなく、こちらにも向けられている。
「ちょっとぉ。ひめ…じゃない、昶君との大事な話の邪魔をしないでよ」
「何が邪魔よ。私との勝負の最中でしょうが!」
「バカ言わないでよ。そんな勝負してないし、第一、アンタみたいな胸なしゴリラとアタシじゃ、どっちが勝つかなんてわかりきってるじゃないっ」
ふんっ、と鼻で笑ったルルと、目の据わった綾の視線が、交差する。
昶と劉黒には、見える筈がないのに、両者の間に火花が散っているのが見えた。
「さっきまでアンタが昶とどういう関係か気になってたけど、そんなことどうでもいいわ」
「奇遇っ。ルルも、たまにはストレス発散したかったんだよねぇ」
自身の武器である鞭をいつの間にやら手に持ち、何やら物騒めいたことを言う。2人とも笑顔なだけに、背後に渦巻く不穏な空気が恐ろしい、と昶は背筋に走る悪寒をやり過ごした。
『よく見たら、ルルも何か機嫌悪くないか?』
「…2人とも、お年頃の乙女、だからだろ」
ほら、と指す先で、その言葉を実証するかのような応酬が繰り広げられている。
「貧乳寸胴のゴリラ女!」
「誰が貧乳寸胴よ!!ちょぉっと胸があるからってエラそうにすんじゃないわ!」
確かに、手に持った獲物とそれらの打ち合う音さえ無視すれば、学生の喧嘩レベルの言い合いだった。
「あー、どうやって止めようか」
『アキが手を出さずとも、止めてくれるモノが来たみたいだぞ』
あれに任せてしまえ、という劉黒に、昶もようやく近づいてくる者の気配を感じた。先程昶が置いていった、白銀だ。
屋根の窓から入り込んだ彼は何故か酷く怒っている様子だったが、2人の喧嘩を目の当たりにし、目を白黒させた。
「ルル?!それに、綾さんまで。これは一体どういうっ…」
「「うるさいっ。白銀様(アンタ)は黙って(て、なさい)!!」」
「は、はい……」
さすがの白銀も乙女たちの迫力には勝てず。邪魔扱いされて、後ろへすごすごと引き下がる。
『役に立たなかったな』
期待外れだと嘆息する劉黒に、昶は内心同意してみせた。
そして白銀は、良い気味だと思っていた昶の方へ、つつっ、と寄ってきた。
「あのぅ、昶君、これは一体……」
「乙女の可愛い喧嘩だろ。っつか来るな。オレまだ怒ってんだから」
「怒ってるのは私の方、なんですけどねぇ。……まぁ、いいです」
心なしか口調が柔らかくなったことに、昶は目を瞠った。白銀の怒気が消えている。彼女たちの迫力に気を削がれたのか、どうやら落ち着いたようだ。
「昶君」
「…なんだ」
「ワタシにとって、キミは重要な存在なんです。キツイこと言ってきましたけど、あまり…ワタシを心配させないでくださいね」
柔らかな微笑で、彼は困ったように微笑む。まるで子供に言い聞かせるような、優しい雰囲気。
白銀から目を逸らし、昶はただ頷く。
だが、気付いていた。これは優しさでも何でもない。
(いつだって、何も話さないくせに)
時折見せる冷たさも残忍さも『彼』と似ているのに、理由もなく惹かれるのに、まるで正反対。肝心なことは隠したまま、事を進めようとする。
昶がもっとも嫌う、白銀の部分。
それに気付かせる素振りを見せず、以降は黙ったまま、繰り広げられるルルと綾の戦いを見守る。
しかし、それも30分近く経ったところで、劉黒も昶もいい加減見ていることに飽きてきた。
『アキ。そろそろ帰ろう。日が暮れる。影の時間だぞ』
「(…だな。)いい加減止めようぜ、綾。ルルね…ルルも!」
声を張り上げた昶に、綾は鬼の形相で振り向いた。
「何よ、昶!止めるわけ?!」
「だって、そろそろ夕飯の時間だろ。買ったのって夕飯の材料じゃないのか?それに、お前ン家確か、厳しかったんじゃなかったっけ?」
そう言った途端、2人同時に動きを止め、顔色を変えた。
「えぇっ、もうそんな時間?!」
「ありゃ、大変!晩ご飯、逃しちゃうじゃないっ」
「って何でアンタが気にすんのよ!!」
「別にいいじゃない。ってわけだから、この勝負、次に持ち越しだからね!」
「望むところよ!!」
2人とも爽やかな顔つきで、笑い合っている。どうやら、戦っている内に妙な友情感が芽生えたようだ。
それに気付いた白銀は、呆れと不愉快さを織り交ぜた表情で、ルルを見た。
「何故アナタが、此処にいるんですか?」
彼女は一瞬面食らったような顔をしたが、にぃ、と妖艶に口角を釣り上げた。
「心配しないで。焔緋様は関係ないもの」
聞けば、今回の目的は、先日の七夜の目撃情報から、死んだと思われる白銀を探すこと、だったようだ。
「ずいぶん変わったみたいだけど、悪くないわ」
不審気に睨む白銀の前で呟くと、疲れを解すように一伸びする。彼女は現れた時と同じように軽々と空中へ飛び上がると、にっこり笑って振り返った。
「じゃあ、ルル帰るね。あんまりコッチ側にいるの、好きじゃないの。それに白銀様に会えたし、いいお友達も見つけたことだしね」
(何より、元気な姫の顔も見れたことだしっ)
劉黒の顔が見れなかったのは残念だが、それは次回の楽しみに取っておこう、と彼女は心の底で自分に納得させる。
「また遊んでね。昶君!白銀様と、ついでに綾ちゃんも!」
そして、来た時よりもずっと晴れ晴れとした表情で、ルルはコクチたちと共に闇の中へと再び姿を消した。
残された綾はというと、彼女が消えた後を呆気にとられた様子で見つめていた。
「結局、アレ、何だったの?」
『ふむ。察するに、ストレス解消じゃないか』
「ス、ストレス解消…;」
「へ?そんな理由なわけ?!」
「本当にそんな理由なんですかねぇ」
あっさりと言う劉黒に脱力する昶、意外さに驚く綾、胡乱気に呟く白銀。
三者三様の気持ちを余所に、廃工場を照らす夕焼けは、ゆっくりとその赤を増し始めていた。
「あ、そうそう。昶。私、アンタと一緒に戦うことにしたから♪」
「………は?」
「『勝つまで殺る』が、じーちゃんに叩き込まれた私の信念よ!!」
「いいですねぇ。綾さんは強いですから、戦力として期待できますよ」
「はぁっ?!」
『まだしばらく面倒なことになるな。アキ』
〜あとがき〜
ルル登場編でした。む〜、ルルちゃん出た時は綾ちゃんとあんなに仲良くなるとは思ってなかったんで、放ってあったこのネタを一部修正して、フェアレディシリーズに書き直しです。
つ、次は賢吾編…?行くかな?
|