教会の厨房にて。
司教候補生のハクレンは、奉仕活動の一環にと子供達へのおやつを作っていた。
生来の器用さもあって、手際よく作られていく色とりどりのお菓子の数々を、洗った道具を片付けながらテイトはじっと見ている。
「………ハクレンってさ。料理上手だよなぁ」
ぽつりと呟かれた言葉に、ハクレンはこの戦友は手先がかなり不器用だったことを思い出す。
焼きあがった最後のパイをオーブンから取り出し、ハクレンは少しばかり考えた。
必要な材料はある。司教たちとのお茶の時間までは、まだまだだ。
「テイト。やってみるか?」
言った途端テイトの顔が輝くのを見て、ハクレンは優しく微笑んだ。



Sweet and Bitter



 気持ちの良い、午後の昼下がり。
フラウは、本日一度も見ていない愛し子を探して、教会内をあちこち彷徨っていた。

数十分前。
同僚のラブラドールに恒例となったお茶会に呼ばれ、中庭に行ったフラウは、すぐに一人足りないことに気がついた。
「あ?テイトは?」
「遅れて来た一言目は、それですか」
「フラウらしいね」
嫌味なのか違うのか。爽やかな笑顔の同僚達の言葉を聞かなかったことにし、フラウはお茶を入れる手伝いをしていた司教候補生の少年に同じ問いをした。
「で、テイトはどうした?ハクレン」
「あれ、会いませんでしたか?随分前にフラウ司教を探すと出て行きましたが」
フラウは首を傾げた。仕事で多少遅れたが、道中、テイトには全く会っていない。
そう言うと、3人は目配せをして頷くと、フラウに今来たばかりの道へ行くよう、背中を押し出した。
「何しやがる?!」
「いいから、探してらっしゃい」
「そうだよ。早くテイト君見つけてきてね」
「あぁ?何で俺があのクソガキを探さなきゃいけねぇんだ!」
「行かないと、後悔しますよ」
不機嫌そうに睨みつけるが、ハクレンは怯みもせずあっさりと答えた。
「実はさっき、テイトが貴方のためにマフィンを作りまして。成功作をぜひ食べて貰おうと、笑顔で出て行きま……」
「おや。テイト君のことになると早いですね」
「本当だね。けど、テイト君連れて戻ってくるかな?」
ハクレンが全て言い終える前に、フラウの姿はそこになかった。
そして、今に至るわけである。

ところが、どこを探しても一向に喪服姿の少年は見当たらない。
時折シスターや子供たちに聞いてみるが、見ていないらしい。
「くそっ。どこ行きやがったんだ……っ」
フラウは毒づいた。教会内はかなり広い。テイトや己が行きそうな場所など行ってみたが、いなかった。
(早く探さねぇとっ。アイツ自覚ないから、今頃……っ)
テイトはモテる。恋人になってからは、随分減った気もするが、とにかくモテる。
本人に自覚はないが、あの綺麗な容姿に時折見せる愛らしい笑顔は、男女問わず魅了する。
そのため、テイトがここに来てから、どれだけの邪魔虫をフラウ(たち)が葬ってきたことか。
ハクレンと一緒の時でもよくない視線が飛んで来るという。なら、一人で歩かせればどうなることやら。
そう。フラウの心配点は、まさにそこにあった。いわゆる恋人同士になった今でも、それは変わらずである。
ふと、前から少女が歩いてくるのが見えた。手には小さな紙包みを抱えたその少女は、腰まである緩いウェーブの黒髪に薄水色のロングワンピースという清楚な格好で、遠目から見ても確実に美少女である。現に今も何人か男が少女の方を振り返っていた。
「そこのお嬢さん。すまないが、喪服を来た司教候補生を見なかったか?」
ビクリと体を震わせた少女が顔を上げた。フラウと少女の視線がかち合う。
『……あ』
次の瞬間、逃げたのは少女の方だった。一呼吸遅れて、フラウも彼女を追いかける。
「テメっ、何で逃げるんだ、テイト!」
「や、何となくっ?」
少女…に変装していたテイトは、全力でフラウから逃げていた。
(や、やっぱり渡せないっ)
腕の紙包みを抱え込み、テイトは教会内を駆けていく。
ハクレンに教えられマフィンを作ったはいいが、テイトにしてみれば出来はあまり良くなかった。
けれど中庭に連れて行かれ、フラウがまだ来てないと知って安心と寂しさが半々の中、事情を聞いたカストルに突然この衣装に着替えさせられた。
カストルとラブラドール曰く、フラウにあげるなら、この格好であげると更に喜ぶから、と。
そうして3人に見送られ、仕事をしているはずのフラウをあちこち探したが、見つからず。戻ろうかと思ったその時、テイトは教会に来ていた女の子たちがお菓子を抱えて、目当ての司教たちの話をしているのを聞いてしまった。
『ねぇ、それ誰にあげる?』
『あたしなら、カストル様かしら』
『あら。バスティン様やカストル様はどう?』
『フラウ様も素敵よねぇ』
女の子たちのお菓子を見て、自分の作った物を見て、テイトはどんどん自信がなくなってきた。
不器用で男の自分が作ったコレより、可愛いあの子たちのおいしいお菓子の方が、いいのではないだろうか…。
だけど、捨てるには付き合ってくれたハクレンに対して申し訳ないし、どうしようかとぼんやり歩いていた矢先。フラウに会ってしまった。
(無理だよ、ハクレンっ。こんなのを、フラウには渡せないよ!)
追いかけてくるフラウに対し、テイトも慣れない靴で必死で走り続ける。
だが約十分後、その追いかけっこも、人気のないところでフラウがテイトを捕まえることで、終わりを告げた。
「っ……ようやく、捕まえたぜ。お姫サマっ……」
「だ、誰が…姫だ…ってのっ……」
2人とも息があがって、上手く話せない。ようやく落ち着いた頃、またしても逃げようとしたテイトを、フラウは今度はしっかりと腕の中に抱き込んで阻止する。
「は、放せっ」
「誰が放すか。しかも、ご丁寧に女装してやがるし。どうりで見つからねぇわけだ。大体、どこの世界に自分が探してる人物を見て逃げようとするやつがいるっていうんだ?」
「オレはお前なんか探してないっ」
「嘘つけ。ハクレンたちが、お前が手作りマフィンを持って俺を探しに行った、って言ってたぞ」
「そ、それこそ、嘘だろっ」
「ほぉ。だったら、その包みは一体何だ?」
「こ、これは……っちが……」
ダメだと首を振るテイトに、フラウは段々腹が立ってきた。数十分も心配させられて探した挙句、その相手に逃げられて平然としていられるほど、フラウは寛容ではない。それがテイトのことであるなら尚更だ。
フラウはテイトの両手を掴み、近くの壁に押し付けた。身を捩って暴れるテイトを軽々と押さえ込み、唇が触れ合うくらいの距離まで顔を近づけると、耳元で低く囁いてやる。
「で?それは俺にくれるのか、くれねぇのか?」
顔を赤くしたテイトは視線を外し、俯いてしまう。黙って待つと、ややあって答えが返ってきた。
「……おいしくない、から」
ぽつりと呟いた言葉は、やけに悲しげに聞こえた。身を離し、テイトの顔を覗き込むと、今にも泣きそうである。
困った顔でしばらく考え込んだフラウは、テイトの手から紙袋を引っ手繰ると、中身を出した。
「あ、フラウ!!」
「いいから、寄越せ。仕事終わって、腹減ってんだよ」
そう言って、マフィンに齧りついた。呆気に取られるテイトの前で、フラウは一口、二口、と口に運ぶ。
「ん、中々美味い。テイトにしちゃ、上出来じゃねぇの」
「…ほんと?」
「あぁ。美味いぜ。サンキュ」
思いもしなかったフラウからの礼に、テイトは泣きそうになって、ぎゅっとフラウにしがみついた。
フラウもマフィンを食べながら、片手でテイトを抱きしめる。
「フラウ。ありがとな」
顔をあげたテイトがようやく見せた満開の笑顔に、フラウも微笑み返した。


ハクレンと2人の司教はというと、中庭のテーブルでお茶の続きをしていた。ハクレンの隣ではミカゲがテイトの作ったマフィンを頬ばっている。
「テイトはちゃんと渡せたでしょうか…」
カップを持つハクレンは少しばかり憂い顔だった。何度も失敗して作ったマフィンの出来に加え、あの性格が災いして渡せてないのでは、と心配していたのだ。
そんな彼に、カストルもラブラドールも大丈夫と微笑んだ。
「テイト君はそうでも、相手はあのフラウですよ」
「そうだね。きっと上手くいってるよ」
「今頃、テイト君を強引に捕まえて、自分だけいい思いしているはずですよ」
あの可愛い子供を独占しているであろう同僚に、ほんの少しだけ嫉妬の念を込め、カストルたちはそう言った。ハクレンも、フラウに任せればいいかと安心することができた。
「…けど、このマフィン。少し苦いです…ね」
「すみません;何度もやり直したんですが…」
成功作のはずなのにちょっぴり焦げたマフィンに、彼らはテイトの不器用さの深さを垣間見てしまった気がした。


「ほ、本当においしい?」
「おぉ。ってかお前、何回作りなおしたんだ?」
「え〜と…7回、くらい?」
「……(これで7回…大変だったな、ハクレン;)」
「どうかした?」
「いや…。けど甘さが足りねぇかも」
「そう?」
「ま、足りない分はお前で補うから、ちょーどいいか」
「え、ちょ、まっ……ンっ!!」



〜あとがき〜
甘いものをおいしく食べるには、苦味が調味料……とか、言うワケではなく;
7G短編第2弾をお届けです。ふっと昨日の夕方に思いついたんで、書いてみました。少しは甘く仕上がったでしょうか。
個人的イメージとしては、テイト君は料理と裁縫だけはダメな感じです(理由は2・3巻から来てます)。逆に、ハクレンはそういうの全部得意そうな感じがしました。あとフラウも意外に料理得意そうですよね。
ちなみに、教会に来た女の子達が持ってきたお菓子は、お供え物みたいなやつです。実は途中で出会ったバスティン様に全部手渡されたので、3人は一つも貰ってません(笑)と、こんなオチでいいのかな…?