A boy meets a girl ? 
      Or a girl meets a boy …?



 シェーン・レイ大尉は一応、軍医、である。
去年南方司令部からこの東方へと配属された彼だが、何かと怪我人の多いこの東方司令部では、彼の存在は重宝されていた。
 今、彼の仕事部屋である東方司令部の医務室にはレイを含め5人の人間がいる。うち2人は見たことのない少女たちだが、正確に言えば気絶しているので、いるとは言えないかもしれない。 そして残りはレイにとって同僚と上司にあたる軍人だった。
「いい加減、仕事に戻ったらどうっスか?大佐」
「そういうお前こそ、関係ないのだから仕事に戻ったらどうなんだ?」
「いえね、俺もそうしたいんですけど、ホークアイ中尉から大佐の行動を見張れと言われてるんですよ」
「私より中尉の命令を聞くのか?ハボック少尉」
「時と場合によりけりっスよ。マスタング大佐」
まだ蜂の巣にされたくない、と呟く同僚を横目に捉えつつ、レイは薬品の整理をしていく。上司の座る椅子の隣のベッドに寝かされた少女はまだ目を覚まさない。
長く艶やかな黒髪に、固く閉じられた目を縁取る長いまつげ。その顔は多少切り傷や火傷で傷ついているものの、精巧な人形のようにきれいだ。
「いやぁ、しっかし美人っスよね。俺こんなに綺麗な子たち、久しぶりに見ましたよ」
「うむ、私もだ。もっとも鋼のの方が美人だが」
「大佐のは欲目でしょ」
「何を言うかっ!エディは世界一可愛いんだ!!」
「あー、はいはい。大将が可愛いってのは認めますけどね。な、レイ大尉?」
「そうですね」
ハボックに話をふられて、レイは片付け終わった棚の戸を閉め、一言だけ言った。レイは彼よりも階級が上なのだが、彼とはよく似た年頃で何度も飲みに行くような仲であり、かつレイ自身も堅苦しいのは嫌いだったので、日常では軽い口調で話している。
しかし、それだけのことなのに、彼らの上司はご機嫌を直し、だろう?と崩れたような笑みを浮かべた。ここへ来てから、もう何度も見た顔だ。
「でも、この子達、運がよかったですよね。大佐に見つけてもらえなかったら、どうなっていたことか」
「それが執務脱走中じゃなきゃ、もっとよかったんスけどねぇ」
「あ、そうだったんですか」
「バカかっ、ハボック!余計なことを言うなっ」
「大佐、声が大きいです。お静かに」
ここは一応医務室であり、気絶している少女達はまだ目を覚ましてない。それを気遣って、レイは上司に注意した。
気まずげにする上司とそれに笑う同僚を横目に、レイは黒髪の少女へ目を落とした。
その時、今まで動かなかった少女の体がビクリと震え、すぅっとまぶたが持ち上げられた。
「…………っ」
焦点の合わない2つの鮮やかな紫水晶(アメジスト)と、一瞬視線が交差する。
その輝きに、レイは言葉を忘れ、束の間見惚れた。
「大尉、どうし……お。起きたのか」
「どれどれ……あぁ。そうみたいだな」
ハボックたちがレイの様子から気がつき、次々にベッドの少女を覗き込んできた。それにレイもはっと我を取り戻す。
「…………ぃ?」
少女の口が小さく動く。けれど上手く声が出ないことに気が付き、逆に出そうとして咳き込んでしまう。慌ててレイはサイドテーブルにある水差しからコップに水を注いで、少女に渡した。少女は一気にそれを飲み干していく。
「大丈夫かい?」
「やっぱ、大佐の知り合いじゃないっスか?さっきの大佐の名前でしょ」
「だから、違うと言ってるだろうが。それに、そう断定するのは早いぞ。ハボック」
ロイがとんとん、と宥めるようにゆっくり少女の背を叩く。咳き込みながらも2杯の水を、少女はあっという間に飲む。3杯目は?とレイが聞くと、ふるりと首を振ってコップを返した。
「…ありがとう、ございます」
鈴を転がすような綺麗なソプラノが、静かに響いた。どうやらこれが、少女の声のようだった。
「…ざっと見て外傷はないと判断したんだが、体調はどうかな?」
「………大丈夫、です」
一拍おいて尋ねたロイに、間をおいて少女が答えを返した。そして、かすかに部屋を見回して、首を傾げる。
「あの、………ここは、どこですか?」
「ここか?東方司令部だぜ、お姫さん」
「覚えているかい?君はそこの子と、ここの裏庭に倒れていたんだ」
ロイがそう言って指したのは、少女の隣のベッドで眠る、もう一人の少女。ゆるやかにパーマが掛かった明るい茶色の髪を白いシーツに広げて横たわる姿は、『眠れる森の美女』と言っても差支えないほどの美人である。
「ライちゃんっ!!」
ベッドから慌てて降りようとした少女が体をふらつかせるのを見て、ロイは即座に体をベッドに縫い止めた。だが、少女はその手を逃れようと必死で暴れた。
「離してっ!ライちゃんが……っ」
「大丈夫だ!!彼女はただ眠っているだけだからっ」
「…寝てる、だけ?」
「そうです。あなたと同じように外傷もなく、器官も正常ですっ。だから、眠っているだけなんです」
その言葉に、みるみる少女の体から力が抜けていった。3人はほっと胸を撫で下ろす。少女が落ち着きを取り戻したところで、3人は少女の身元を問い始めた。
「それで、可愛いお嬢さん。私はロイ・マスタングといいます」
「大佐ぁ。ナンパじゃないんスよ?」
「君は、何て名前なのかな?」
「あ、………坂崎、友梨(ゆうり)
「サカザキ……変った名前だね」
女の子らしい名前だと思っていただけに、脱力するロイ。ハボックもレイも、少なからず落胆の表情を見せる。
「では、あなたの住まいはどこですか?」
「………東京都…」
「ち、ちょっと待った!」
突然遮られて、少女は小さく首を傾げてみせた。
「た、大佐……『トーキョート』って」
「どこ、なんでしょうか?」
顔を強張らせて口々に言う部下に、眉間に皺を寄せて、ロイは同じく顔を引き攣らせながら再度問う。
「えー、お嬢さん。あなたは外の国の人間なのかな?」
「外?例えば?」
「シンとか、ドラクマとか。もしくは旅の人かい?」
できるだけ優しく問うロイ。しかし、一拍おいて口を開いた少女からは、期待していた答えと全く違う答えが返ってきた。

「…あの、それらは、この世界の国の名前ですか?」

部屋が、凍りつくような音がした。
4人に落ちた沈黙に、我に返ったレイが何か言おうとした、その時。
「…………!!」
「…!…………?!」
医務室の扉の向こう側から突然、騒がしい声やら鉄の擦れる音やらが聞こえてきた。
それに心当たりがあるのか、扉に目を向けたまま、ハボックが間の抜けた声で言った。
「……あー、そういや、大将達がもうすぐ来るって電話あったの、忘れてました;」
「何故それを早く言わないっ?!」
「だって、その時の大佐、サボって逃走しようとしてたでしょ」
それに中尉に口止めされてましたからと、自業自得という口調で言うと、ロイは仕方なく口を噤んだ。けれど、その顔は嬉しさ半分、悔しさ半分といった感じである。
とはいえ、今はそれを観察している場合ではない。
「あの…何か、あるんですか?」
「え、う、うん。ちょっとね…しばらくそこにいててもらって、いいかな?」
「はぁ…それは、構いませんが」
「すまないね。少しうるさくなるけれど、我慢してほしい」
「面白いぜ。今から、口喧しい猫と多分怖いお姉さんが来て、大佐と……」
「ジャン・ハボック少尉?」
「…………Yes, sir;」
今度は笑顔で凄まれたハボックが、冷や汗をかきながら口を噤む。そんないつもの力関係に、レイは苦笑を禁じえなかった。
そして彼らが来るため、一旦少女への質問を中断し、ベッドサイドのカーテンを引いて、レイは少女をこちらと隔離する。
ちょうど引き終わった時、ドタドタと荒い足音とともに、轟音を立てて扉が開けられた。

「この無能大佐っ!!鍵くらい、置いていけよなっっ!!!」

かん高い少年のような声が、部屋一杯に響き渡る。同時に、くぐもった少年らしき声も聞こえてきた。
「兄さんっ、落ち着いてよ」
「そうだぞ、鋼の。ここは医務室だ」
「その医務室で堂々とサボってんのは、どこのどなたサマだ?!」
「東方司令部の人気NO.1、麗しきロイ・マスタング大佐様に決まっているだろう。……まぁ、さておき。今は静かにしなさい。患者が2人いるからね」
返答に右手で返そうとした金髪の少年―――エドワード・エルリックは、最後の言葉にぴたりと動きを止めた。
「患者って、誰か倒れたのか?」
「いんや。この人が逃走中に見つけて、拾ってきたんだよ」
「少尉っ。逃走とは人聞きの悪い…」
「うわぁっ。アルより質悪ぃ」
「兄さん、それひどくない?」
「そうだぞ、大将。犬猫の方がまだマシだろ」
「ハボック、貴様……」
延々と続きそうな会話だったが、レイは少女を待たせたままなのに気を遣い、話を本筋に戻した。
「ところで、鍵がどうしたんだって?」
「あ、そうだった!第5資料室の鍵、大佐が持ってるんだって?オレが入りたいのに、持ったまま逃げるなよな」
「仕方ないだろう。こちらも後で資料室に用事があったんだ。それに、これは君のものではないだろう」
「だからといって、持ったまま外へ逃走してもよい、とは言った覚えがありませんが?」
今度は涼しげな女性の声が、部屋に響いた。声の通り、凛とした雰囲気が格好良い、リザ・ホークアイ中尉である。
「ほ、ホークアイ中尉……」
「あ、中尉。さっきベッドの住人の1人が、目を覚ましました」
「報告ありがとうございます。シグナル大尉」
「レイ大尉。その人、具合悪そうなの?」
「いや、大丈夫だよ、エド。外傷はないし、受け答えもしっかりしてるし。ただ………」
「ただ…?何か問題でも?」
リザたちに少女のことを説明すべく、レイが口を開きかけた。

「エド?エドワード?」

小さな呟きとともに、そっと白いカーテンがめくれ、少女が顔を覗かせた。
何故だか呆然としている少女に、側にいたロイは待たせすぎたかな、と思い至り、声をかけた。
「あぁ、すまないね。うるさくして。もう少しで……」
「「………ゆめ?」」
誰もが思わぬ2人の声が重なる。そして、
「………エディっ!!」
くしゃりと顔を歪めて、少女は裸足のままベッドを飛び出し………エドワードに、抱き着いた。
『…………?!』
全員が驚愕に包まれる中、2人は少女の勢いに耐え切れず、床に倒れこんでしまう。
「えでぃ………」
「………ゆ、ゆーりぃ?」
「うんっ。これって、夢じゃないよね?」
「あ、あぁ。まぁ……アルいるし。大佐たちもいるし…ってか、何でお前がここにいんだよっ?あれから実験はどうしたっ?!」
「わかんない……最終実験してる最中に、暴走が起きて。気付けばここで…」
エディの世界だったのか、と少女はここで初めて安心しきった微笑みを見せた。エドワードもそれに気付いたのか、抱きついてきた少女を更に抱き込むと、少女を安心させるように背中を軽く叩いてやる。珍しいことに、少女の身長は彼のそれよりも数cm低く、傍から見れば、その光景は立派な恋人同士の再会に見えてしまっていた。
しかし、事情が全く見えないのが、彼ら以外の面々である。
「もしかして、旅の途中でできた、エドの彼女っスかね?大佐」
「さぁなっ(エディだと?!私でさえも呼ばせてもらえないのにっ(泣))………アルフォンス君?」
「えっ………僕も、知らないです。というか、あの人に会ったことなんて、僕はないし、兄さんからだって一度も聞いたことないんですけど」
首を傾げた弟に、一同が唖然としてしまった。
「それじゃあ、あの子とエドっていつ知り合った………って大佐、さっきから何をブツブツと呟いてるんでしょう?」
「放っておきなさい。いつものことよ」
変な態度の上司を冷たく一刀両断したリザは、それより問題は……と親しげに話し込んでいるエドワードと少女に目を移した。
「たいしょー。サカザキちゃん、だっけ?その子と大将って知り合い?」
話しかけたハボックに、エドは少女と話すのを一旦止めて、答えた。
「あぁ。こいつはオレの………」
言おうとして何かに気が付いたのか、エドワードは再び少女に向き合った。
「…ユーリ。お前、どんな名乗り方したんだ?」
「あ、ごめん。普通に名乗っちゃった」
「…だろうと思ったぜ。お前の名前、大佐達には『サカザキ』の方だと思われてるぞ」
「それは困る。名字で呼ばれるの、好きじゃないの」
エドに引っ張られて立つと、少女は驚きに固まったままの面々に、優雅に一礼をする。
「改めまして。ユーリ・サカザキといいます。異世界(・・・)から来ました」
どうぞよろしく、と言って笑った少女―――ユーリの顔は、今までレイが見てきた誰よりも、一番綺麗な笑顔だった。




〜あとがき〜
久しぶりの更新になります。楽しみにしてくれてた人って、多分いらっしゃらないでしょうが;
特殊体質持ちのオリキャラ・坂崎友梨(通称・ユーリ)ちゃんの登場です。どこかの野球大好き魔王サマと同じ名前ですが、全くの偶然なんで、お気になさらないで下さい。
実は、この話。結構前から考えていたものです。アニメが真ん中くらいまで進んだ時に考え付きました(…もう終わってますけどね;)。いっそドリームにしようかと考えたこともあったんですが、筋は完全ロイエドなので、0.5秒で止めました。
エドとの関係はこれから少しずつ明らかになっていきますが、簡単に言えば妹分なので、気に入っていただければ幸いです。