「私は今とっても悲しいわ、ぼうやっ」
我らが母(ヴィクトリア女王)小さな番犬(シエル)を呼びだしてそうのたまわったのは、世の中の(局地的な)カリー騒動が一段落した頃だった。
シエル・ファントムハイヴ伯爵は、この国では「悪の貴族」「裏社会の秩序」などと呼ばれる、貴族の中でも特殊な存在である。
その彼が女王の使いに火急の用だと告げられて、午後の予定をすべて放り出し彼女の元に馳せ参じたのは、約10分前。
普段は手紙のみなのに直接ここへ呼ぶとは何事かと思い、待つこと8分16秒。
しかしその懸念は、挨拶直後、開口一番に言われた先の言葉によって、跡形もなく吹き飛ばされる結果となった。
「………は?」
「どうして早く言ってくれなかったの?母同然の私に対して水臭いわ。でもお仕事がたくさんあるんだから仕方ないわよねぇ。だから全て用意してあげたのわ♪ついでにお菓子なんて買って来てくれると嬉しいわね。ぼうやは知ってるかしら?甘い煮豆のお菓子がおいしいそうなのだけれど」
思考が停止しかけているシエルをよそに、女王は次々と言葉を並べていく。まさに、立て板に水の勢いだ。
「………女王陛下。恐れながら、それではお話が見えません;」
「あら、ごめんなさい。すっかり話した気になっていたわ」
気付いた彼女は、幼い伯爵のためにようやく口を止めてくれた。うっかりしていたと、可愛く舌を出す姿は女王というより、お茶目なお祖母様という感じだ。
「私の旧友から連絡をもらってねぇ。その子とはもう何年も会ってないけれど、とても素敵な子でね」
「はぁ…」
「と言っても、会ったことがあるのは数回。でも季節の折り目には必ず手紙をくれるし、アルバートのお葬式にも、あの子はこっそり駆けつけてくれて……あァ、アルバートぉ!!どうして先に逝ってしまったの〜っ」
「陛下、ほらアルバート様ですよっ」
側近が持ってきた人形を見ながら、涙を拭いた女王は、呆れ顔というか困惑顔というか、複雑な顔をしたシエルを他所に続ける。
「ありがとう、ジョン。……えぇと、そう。その彼女から、昨日手紙を貰ったのよ。それで、これはぼうやにも知らせなくてはと思ったの」
陽光に透かすように翳された、眩しいほどに白い封筒。その中央には見覚えのある紋章が描かれた、ロイヤルブルーの封蝋。
「それは……っ?!」
見覚えのある紋章目を見張る子供に、女王は柔らかく微笑んだ。
「そう!学校という青春の場を経験したいあなたに、1週間の学校視察を許可します!!」
声高々に言われた瞬間、シエルは脱力を通り越して……放心してしまった。
(…………学校、視察?!いきなり何をというか突然なのはいつものことというか、大体いつ僕が学校に行きたいなんて言ったんだっ?)
そんな彼の様子を楽しんだ女王は孫にするように手招きしたので、我を取り戻した彼は断わりの一言を入れた上で側に寄る。すると面白いのと言わんばかりの表情で、彼女はシエルの耳元についと口を寄せた。
「長らく留守にしていた、《赤い天使》の姿を垣間見たそうよ」
ほぼ吐息だけの、しかし殊更ゆっくりと告げられた言葉に、シエルの表情が一変した。
慈愛に満ちた表情からは読み取れない命令を、彼はここでようやく正確に理解し、だがその厄介さに僅かに眉を顰めた。
「一体、どこまで行けばよろしいので?」
溜息混じりに承諾したシエルに、女王陛下は嬉しそうに告げた。
「ふふっ。行先はね、――……」
続けられた主の言葉に、シエルは本格的に痛くなってきた小さな頭を抑えた。



同日、同時刻。
海を越えた小さな島国でも、全く同じ反応をする者がいた。
「……いま、何と言いました、会長?」
「『ごめんね、ルルちゃん』?」
「そのもうひとつ後です」
防音・盗聴・盗撮対策ばっちりの生徒会室での仕事の最中に突然言われて、ルルーシュは思わず手を止めてしまった。
休日の、2人きりの生徒会室に、静寂が訪れる。
何年もの付き合いなのだから、ミレイの突発さにはある程度耐性があった。男女逆転祭りやら猫祭りやら恒例となった数々の行事の大半は、その彼女が突然言い出したものばかりだ。
しかし、今回は少し……いや、かなり勝手が違っていた。
「本当にごめんなさいっ。今回ばかりは、多分、断れそうになくて…」
「…ミレイのせいじゃない。総督直々の頼みとあれば、断るわけにもいかないだろう。それに、相手は爵位を持つ立派な貴族だからな」
「そうなんですよ〜。まさか、この学園を視察したいなんてと言う人がいるとは、思ってもみませんでした」
げんなりした顔で、ミレイは持っていたペンをくるりと回してみた。
先程から話題になっている話―――それは、異国の大貴族がこのアッシュフォード学園の視察をしたいと申し出ている、というものであった。
こう見えても、ミレイはルルーシュの騎士の片割れである。幼い頃より、皇室から身を隠すルルーシュとナナリーを守ってきた。故に諜報活動は、必要あればルルーシュ自身もするが、もっぱら彼女の役目。そのため常に周囲へ網を張り、どんな小さな情報でも拾い上げてくれる。今回も、学園に話が来る前に、彼女独自で掴んできた話だった。
「別に視察自体は、構わないんですけどねぇ」
「学園に問題は無い。ただ……相手側が、自国の王からこちらの皇族(コーネリア)を通して来るとなると、もてなしのために皇族自身かそれに近い人物も来る可能性が高い」
死んだ皇子(・・)という過去を持ち、《ゼロ》となったルルーシュにとって、彼らと会うことだけは避けねばならないこと。見つかれば最愛の妹共々連れ戻され、王宮の一角に幽閉されるのは目に見えている。
「ノワールの方も、今はやっかいな問題を抱えてますし」
裏の活動の状況を思いやったミレイが、大きくため息をつく。
《ノワール》とはルルーシュと騎士達の間で《黒の騎士団》を指す隠語だ。他生徒はもちろん、万が一スザクの耳に入っても誤魔化せるようにと、表の生活で使っている。
その黒の騎士団でも、新たに浮上しつつある案件があり、ルルーシュたちは現在調査を始めたばかりだった。
(しかし、この貴族の名前。どこかで聞いたことがあるような……)
かすかに聞き覚えある気がするが、中々思い出せない。記憶力のいい自分にしてはめずらしいことだ、とルルーシュは焦れる。
「こうなったら、派手にやりましょっか?」
「……視察の方か?」
どこで聞いたのか考えていたルルーシュは、一瞬ミレイへの対応が遅れた。
しかし、主の空けた間を訝しげに思うことなく、彼女は目を輝かせた。
「えぇ。あちらはまだ調査に時間がかかりそうだから、少し置いといて。こっちは、ここの校風を利用して、派手に歓迎いたしましょう!」
「派手に…って、ミレイ?」
「そうよ!先手必勝、木の葉を隠すなら森の中!!それこそ、ルルーシュ様の存在など気付かせないくらいにっ」
最後はやや意味不明な言葉を発し、だがにっこりと楽しげな―ルルーシュにしてみれば何か企んでいる―笑みが、ルルーシュの顔を一層引き攣らせる。
横目で本日中に処理しなければいけない書類の山を確認し、視察に対してヤる気満々の様子でアイデアを紙に書き出していくミレイに、ルルーシュはそっと席を立った。
一段落着くまで、しばらくは仕事も進まないだろう。
そして休憩するためにお茶の準備を始め、窓の外に映る眩しいくらいの青空を睨みつけた。


「「どちらにしても、厄介なことになりそうだ…」」

一言一句どころか一分一秒違えず、別々の場所でその言葉を発したのは……はたして、偶然か必然か。
ともかく、誰も知らないところで奇跡を成し遂げた2人は、今はただこれから起こる騒動への不安に、頭を抱えるばかりであった。



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〜あとがき〜
というわけで、黒執事×ギアスの異色長編をお届けします。
実はこれ、茜嬢と随分前に出かけた時に、作品×作品で何か面白いネタはないか、と話してできたやつなんです;
なので、時代軸が違う、とか国一緒じゃないの、とかいうツッコミは…どうかご容赦くださいませ(泣)
都合上、英国とブリタニアは別国で、同盟国とまでいかないけれど仲が悪いわけじゃないです。
あと、携帯とか文明の利器はあります。黒執事組も使える設定です。KMも…多分、あります。それほど普及してない、というレベルで。
更新は遅めかと思いますが、気に入っていただければ、どうぞお付き合いくださいませ。