いつもならば少し暇なくらいのエリア11総督府は、今日はとても騒がしかった。
何故なら本日正午、貨物の強奪事件があったからだ。それも、ブリタニア本国皇家から、現総督に届けられる予定だったものを。
何としても探し出せとの総督の指示で、総督府の者たちは上から下までひっくり返ったように大慌てで、強奪した犯人たちを追っていた。
「あーあぁ。今日は午後から非番だったのにさぁ」
扉の奥にある総司令室を横目で見て、男は必死でキーボードを叩きながら画面を睨んだ。同じ部屋にいたもう1人の男は、同僚の嘆きを笑って、同じように見ていた画面を別のものへと切り替える。
「仕方ねぇって。だってクロヴィス様に届けられるはずの物が盗まれたんだぜ」
「けどさぁ。何であそこまで躍起になってるんだろーな。だってKMFまで出動させたって話じゃん…ふわぁっ…」
「あぁ、ブライか。でもそこまでして探す荷物って、一体何だ…ろ…?くふぁ、あれ?なんだ、か、ねむ…」
何か、甘い匂いが部屋を満たす。話していた男達は急に眠気に襲われ、そのままデスクの上に眠りこんでしまった。
しばらく間をおいて、音もなく天井から黒い影が降り立った。足を着けた影は司令室と反対の扉に近付き、取り出したカードを差し込むと、扉は開いた。
向こうに現れたのは、学生服を着た2人の少年少女。
「これで後はあの扉だけです。主様、姫様」
「ありがとう、サラ。でも、お兄様のそのカード、本当にどこでも入れるなんて、スゴイですね」
「そうかい?ナナリーにそう言われると、いざという時のためにマスターキーを用意しておいた甲斐があるというものだ」
最愛の妹に褒められて、嬉しそうにする少年。それ以前に、総督府のマスターキーが何故一学生に作れるのとか、いざというという時のためで作っていいのか、という考えはそこに欠片すらない
総司令室へ繋がる最後の扉を開けるために、少年はマスターキーを入れ、携帯を繋ぐ。最後の鍵だけは、マスターキーの他に専用のパスワードがあるのだ。
「はぁ。あの人の命令じゃなきゃ、こんな所には来なかったのになぁ」
「申し訳ありません。主様…」
「サラのせいじゃないわ。とにかく早く終わらせないと。お兄様、帰ったらお茶にしましょうね」
「あぁ、そうだな。さっさと皆で帰ろうか」
まるで遠足に来たような、場違いなまでの和やかさの3人。
しかし、ゲットーにいたはずの少年と影が、いなかったはずの妹と何故「総督府」なんて場所にいるのか。
―――すべては、1時間半前のあの出来事に遡る。



高貴なるオツカイ



 ルルーシュがスザクと…というよりサラとC.C.に再会してから、きっかり3分後。
見つけやすいようにと地上に出たルルーシュたちの元に、電話の相手―ロイド・アスプルンドがトレーラーごとやってきた。
そして、完全に停止する前にロイドが愛しい主の下へと降りて駆け寄ってくる。
「は〜いっ我が君〜♪ご指名通り貴方のロイドがお迎えに参りまし…ぶっ」
「我が主にベタベタしようとするな伯爵!」
「ヒドっ、サラくん!ベタベタじゃなくて、愛の抱擁だって〜」
「…相変わらず、あの男はお前一筋だな。ルルーシュ」
「…何か、どこかで見たような光景、だな…」
眼前で繰り広げられるコトに、ルルーシュは本日…何度目か忘れた…ため息を盛大についた。
「とりあえず、だ。ロイド。呼びつけて悪かったな。礼を言う」
「あはっ。何を仰いますか!殿下のためなら例え地獄の果てでもお迎えに行きますよ〜?」
「あぁっ、私もです!私だって、主様のためなら死んでもお供いたします!」
お互い主への愛がどれだけかと意気込んで語ってくる。気持ちは嬉しいのだが、貴方のためならと言われる本人としては、そんなとこまで行きたくはない、とこっそり思わなくもない。
主愛の強い2人と、愛されすぎてげんなりとしている1人を見比べ、C.C.は面白そうに笑った。
「ふむ。モテモテだな、ルルーシュ。お前のところにいると、いつも退屈せずにすむ」
「…言うなそれを。大体、何でお前がここにいるんだ?お前は母上の親友だろうが」
苦い視線を送ると、真っ向から受け止めて彼女は鮮やかな微笑を浮かべた。
そもそも、ルルーシュとC.C.が最初に出会ったのは、幼い頃、アリエス宮で、である。
会った直後は怪しいと思ったが(何しろ皇妃でも皇女でもない人間が、騒ぎの一つもなく王宮に現れればおかしいのだ)、何と彼女はルルーシュの母・マリアンヌ皇妃の昔からの親友であった。 しかも、どこからともなくふらりと現れて宮でくつろぎルルーシュたちを構い倒しては、知らない内に姿を消している。その上、外見は彼が大きくなっても、彼女は一向に変わらない。 もっとも、その疑念も、母が敬意を込めて彼女をたまに魔女と呼んでいたり、誰かが来るのを見計らったように姿を消していたことなどから、成長するにつれて次第に呆れへとすり替わってしまった。
おまけに7年前こちらに渡ってからは、彼女と会うことは一度もなかったのだ。本国にいるはずの人間が突如目の前に、かなり変な方法で現れれば、さすがのルルーシュでなくとも驚くだろう。
「そのマリアンヌからだ。言ったろう?エリア11に行け、と言われたとな」
軽く肩を竦めたC.C.は、やってきた理由を語った。
「最近、愛息子からの手紙が短くそっけないそうでな」
「うっ…そ、それは…生徒会の仕事が、だなぁ…」
「そんなこと私が知るか。で、この通り天然変態ホイホイ「おい誰が何だって?!」…うるさいぞ。とにかく、家出して死んだ息子が、最愛の妹と共に駆け落ち考えてたりグレてたりしないか心配だから、ヒマ潰し程度にしばらく観察するついでに居候してこい、だそうだ」
実に勝手で、突っ込みどころ満載な言い分に、ルルーシュは頭を抱えた。
恐らくホイホイの部分は彼女の付け足しだが、その他は間違いなく母の言葉だ。
そうなるとルルーシュには、反対することはまず不可能だ。第一、あの母に逆らったら最後、最低でも本国に強制送還されることは免れないだろう。
世間のマリアンヌに対するイメージは、おしとやかで儚げな美人だが、実際の彼女とはかけ離れていた。
大雑把に言うと彼女は、かつて『閃光のマリアンヌ』の異名を持つKMF(ナイトメア・フレーム)の名操縦者として名を馳せ、その腕前からわずか1年足らずで騎士候に成りあがった、伝説多きパイロットである。
そんな経歴の女性がおしとやかなお嬢様なわけがない。ルルーシュたちの知る彼女は、厳しくもあるがとても優しく美しい母親。しかし特筆すべきは、実は公になっていない隠れた部分…誰よりも賢い頭の良さと、強いその武術の才。自分の敵とみなした人間に対しては微笑みながら(影で)容赦なく攻撃する。実際、ルルーシュは彼女を怒らせた何人もの末路を知っており、思い出すたびに決して母には逆らうまい、と誓ってきたのだ。
「どうだ?居候するには十分な理由だろう。あぁ、生活費が困るのなら、私の分くらいは出してやるそうだぞ」
「わかった。許可する。好きにしやがれ」
「随分口が悪くなったが…まぁ、いい。しばらくは厄介になる」
言うことを言い終えたC.C.は、一つ大きく伸びをすると、主人への愛を語り対決する2人の横を通って、トレーラーへと歩き始めた。
「おい、どこへ行く気だ?」
「決まっている。私は眠い。よって、この中で寝かせてもらう。お前の住まいに着くまで起こすな」
わざとらしい欠伸が愛らしい口から漏れる。彼女はこうと決めたら、何を言っても聞きはしない。それに、サラに任せたままのスザクを忘れてはいけない。仕方なく、ルルーシュはロイドに話を進めることにした。
「ロイド。トレーラーの中に仮眠室は?」
「はい〜っ。ありますよぉ?」
「学園に戻るまで、貸してやってくれ。あそこの…あれ?」
ふっと見れば、今までそこにいたC.C.がいない。慌てて見渡すと、いつの間にやらサラに何かを渡し、話をしている。
それが終わると、困惑するサラを放り、今度こそ彼女はスザクを引き摺ってトレーラーの中に勝手に入っていった。
「…えーと、サラの抱えてたあの男と、さっきのアイツに」
「そりゃあいいですけど。殿下ぁ、あの子たち、誰です〜?」
「男の方は柩木スザク。その…(昔別れた親友って言ったら後が面倒だろうな)うん、ちょっとした昔の知り合いだ。偶然会ったんだが、偶然落ちてた黄色い果物の皮に足滑らせて、偶然あった材木で頭打って気絶してな」
「ふぅん。その間が気になりますけどぉ、偶然ですかぁ」
「あぁ偶然だ。3回続けば作為と言うが正真正銘の偶然だ。あと、この格好からして今は多分軍人なんだろう。オレが面倒見たいところだが、軍人はちょっと、な」
「それで僕に預かれと?まぁ、殿下に面倒見させるくらいなら引き取りますけどぉ」
「預かってくれれば、後は何があっても別に気にしない。体は不死身の化物並の頑丈さを保障してやる。そういえば、お前、開発中のKMFの実験中だったな」
「いーんですか?!やぁ〜新しいじっけ…もとい協力者見つからなくて探してたんですよぅ。助かりましたぁ♪じゃあ、緑は?」
「緑の方は…本国の…母の…遠い親戚、みたいなものだ。しばらくこっちに滞在するそうだ」
「へぇ…まー、いいですよぉ。他ならぬ殿下の滅多ない頼みごとですしネっ」
遠い目をしたルルーシュに、ロイドは気になるもののサラがついて来たこともあって、深く追求せずに納得の様子をひとまず見せた。
ふとサラの方を見ると、まだ困り果てた顔をしたまま、時折ルルーシュへと視線を送っている。どうかしたのだろうか。
そうしていると、C.C.と入れ違いで、トレーラーから2人の人物が現れた。
1人は、青い髪の優しそうな面差しの若い女性。現在、ロイドの助手を務める、セシル=クルーミー女史である。そしてもう1人は…。
「お兄様。ご無事でしたか?」
「ナナリー?!どうしてっ」
「ロイドさんから連絡を頂きました。お兄様が迎えに来てくれとおっしゃるなんて、大変なことが起きたんじゃないかって心配したんですよ」
駆け寄ったナナリーが不安げな表情でルルーシュの胸に飛び込んだ。その可愛さに、感極まったルルーシュはぎゅっと優しく抱き返す。
その際誰にも聞こえないくらいの小声で、ナナリーはこっそり兄に話しかけた。
「お兄様。C.C.さん、滞在されるんですか」
「…会ったのか」
「いいえ。何か引き摺ってらっしゃる姿をちらっとお見かけしたので、もしかしたらと。あ、セシルさんには見つかってませんから大丈夫です」
「そ、そうか。すまないな。何かしばらく我が家に居候することになったらしい」
「まぁ。事情、後で聞かせてくださいね」
どこか嬉しそうに微笑んだナナリーは、それだけ言うと、名残惜しげにそっとルルーシュから離れた。
そして横に立つサラには、両手をしっかりと握って再会の嬉しさを表す。
「お久しぶりです。サラ」
「ナナリー様。お久しぶりです。お元気そうで安心しました」
「ふふ。私も、元気なサラに会えて嬉しいです」
純粋に喜ぶ2人。本当の姉妹さながら仲のいい姿に、ルルーシュも顔を綻ばせる。そしてこちらに来たセシルの方を向くと、すまなさそうな顔をした。
「すみません、セシルさん。オレのわがままで迎えになんか来させて」
「いいのよ。他ならぬルルーシュ君の頼みですもの。それにウチの上司が血相変えるなんて滅多にない面白いもの見せてもらったしね♪」
「…何か今嫌なこと聞いた気がするんだけど、空耳だよネ〜?」
「……哀れだな。ちょっとだけ;」
「えっ。ちょっとなんですか?!労わるという3文字はどこにっていうか憐みたっぷりの目で見ないで下さいよ〜っ、で…っじゃなくて、ハニー!!」
「誰がハニーだ普通に呼べ気色悪い。ついでに暑苦しいから引っ付くな」
「セクハラはダメですよ。ロイドさん」
ルルーシュをただの知り合いの学生としか知らないセシルの前で、うっかり「殿下」呼びしそうになったロイドに、ルルーシュとナナリーが冷たい視線をくれる。
傷心から抱きつく上司がナナリーに無理矢理引き剥がされたのを見届けた後、セシルはルルーシュに再度顔を戻し、それで、と前置きした。
「今すぐ送ってあげたいのだけど、ちょっとこれから用事があるの。時間はかからないと思うから、その後でもいいかしら?」
「えぇ、構いません。無理を言ったのは、こちらなんですから。でも、どこへ?」
「エリア11の政治的中心地…総督府、よ」
「「そ…っ、総督府?!」」
総督府といえば、ブリタニア軍基地の本拠であり、本国から来たエリア統括責任者が住んでいる場所だ。今の総督は第3皇子であるクロヴィス・ラ・ブリタニア…つまり皇族であり、兄妹の義兄の1人である。
聞けば、ロイドがこちらへ来てから本国への報告をサボっていたらしく、研究の一時報告のために寄るよう知らせが届いているのだとか。
「要はロイドさんのサボりのツケが回ってきたってことですよね」
「…ご、ごめんなさい;」
「もっと言ってあげて、ナナリーちゃん。この人ったら研究飽きたらすぐサボって構内抜け出そうとするのよ」
「ちょぉっとくらい見逃してくれてもいいでしょ。研究嫌いなんじゃなくて、近くに彼がいると顔見たくなるんですよぉ」
「駄目ですよ。職務怠慢は税金から給料貰ってる社会人としてどうかと思います」
「うぅ…ゴモットモデス…」
ナナリーとセシルに普段の勤務態度を説かれるロイド。正論すぎて、反論する言葉も出ない。
そんな彼を呆れた目で見るルルーシュの側に、サラが近付いてきた。
「あの、主様。大変言いにくいのですが…今の内に、奥様からお預かりしたご伝言を申し上げます」
「母上から?何だ?」
「はい。『無事日本に着いたら、C.C.かルル、私に連絡をちょうだい。あ、総督府の総司令部屋からじゃなきゃダメよ。誰かに見つかってもダメ。忘れたら…どうなるかわかってるわね。ルルーシュ?』だそうです」
C.C.かルルーシュと言っているにも関わらず、最後はルルーシュ指名の脅し文句。だが、何とも母上らしいと思う伝言に、ルルーシュは非常に嫌そうな顔をした。
「なっ?!なんでわざわざ総督府に行く必要がある?」
「そ、それが…奥様曰く、総司令部屋にだけ極秘の個人専用回線を引いているそうです」
しかも総督はもちろん、皇帝すら知らないんだとか。聞いたルルーシュは、そこに己の母の恐ろしさを再確認した。
総督府に入るのは、容易ではない。だが、トレーラーで中に入ってしまった後なら話は別だ。己の頭脳とサラがいるのだから、どうとでもできる自信がある。ナナリーを1人置いて行くことだけは不安なのだが、寝てるとはいえスザクもC.C.もいるから何とかなるだろう。
それに、総督府侵入罪を問われて帝国に見つかるより、伝言を果たさなかった後に来る母からの贈り物(別名・報復ともいう)の方が、何倍も恐ろしい。
「仕方ない。セシルさんたちが出た後に、こっそり抜け出るか」
ルルーシュは、厄介なお使いを頼まれたと嘆くと同時に、頭の片隅でロイドには事情を話して協力を仰がないと、とお使いを果たすべく頭を回転させ始めた。
そうして、ロイドの協力の下、ルルーシュとサラと結局一緒に行きたいと志願したため来たナナリーは、ルルーシュお手製マスターキーで通路をどこでもパスし、人に見つかる前にサラがその誰かを眠らせてしまったりと、順調に総督府の中を進んできて…現在、冒頭の場面に至る。

この扉の先に、義兄がいる。そう考えるだけで、ルルーシュは体が硬くなるのを感じた。
直接顔を合わせたのは、7年前が最後。芸術をこよなく愛し、何かとアリエス宮に遊びに来てはチェスでルルーシュに負け続けてケーキの自棄食いをし、妹たちを泣かせた罪で義姉と義兄からとんでもない罰をくらったのを見たのも、今ではいい思い出だ。
「お兄様。大丈夫です」
「ナ、ナリー…」
「私もサラも、お兄様がいるならどんなところでもついて行きます」
ナナリーの言葉を裏付けるように、サラも強く頷いた。
それに勇気づけられたルルーシュは、軽く微笑むと、深呼吸し、最後の扉を開けた。
そして、そこにいたクロヴィスは―――

寝ていた。

皇族の1人とは思えないほど総督の執務机にべたっとへばりついて、彼は健やかな寝息を立てていた。
彼のファンや他の皇族たちには、見せられたものじゃない。
ルル−シュは脱力を覚えて、思わずその場にへたり込む。
…訂正しよう。やっぱりこいつはウザいだけだ。
「この非常時に、何でこいつは寝てるんだ?」
「あら。神経が図太いところなんて、やっぱりクロヴィスお義兄様って感じですよ」
「…念のために、眠り薬、仕込んでおきます;」
眠っているとはいえ、いつ起きるかわからないので、サラはクロヴィスに音もなく近づくと、眠り薬をかがせる。より眠りが深くなり寝息が更に静まった。
そして、サラは総督机に仕込まれた隠し装置を開くと、暗証番号を打つ(後で聞いた話だが、この机を作った職人とシステムのプログラマーと母は昔馴染みだ)。
すると、しばらくして目の前の画面に、紫色のドレスを纏った、美しい、1人の女性が映し出された。
「お待たせいたしました。奥様」
『サラ、ご苦労さま』
画面の中の女性が、静かに微笑む。艶やかな黒髪が一筋、小首を傾げた拍子に肩から滑り落ちた。
紫色に輝く宝石の瞳が、サラの後ろにいたルルーシュとナナリーに向けられる。
『久しぶりですね。ルルーシュ、ナナリー』
「お久しぶりです。母上」
「お母様。お元気にしてらっしゃいますか?」
『えぇ、もちろん。でも最近、子供達が亡くなってもう7年、とか周りがうるさいのよ。あなたたちが死んだフリをするのも楽じゃないわねぇ』
言葉の内容とは裏腹に、あっけらかんとした口調で女性―マリアンヌは微笑った。
相変わらずな母に、ルルーシュはため息をついた。
「それで?何故、わざわざオレをここへ呼んだんですか?」
『息子と娘の顔が見たいから、じゃダメかしら』
「毎月の手紙に、ミレイが撮った写真を何枚も同封してるのをオレが知らないとでも思いましたか?」
『あら、そうなの。ミレイちゃんも爪が甘いわね。でもね、ルル。写真と画面越しに話すのとは違うものよ』
「そんな言葉で誤魔化されませんから」
『…はぁ。昔は可愛かったのに』
ほぅ、と悲しげにため息をつく姿すら、我が母ながら美しい、とルルーシュは思う。
しかし、ここでその顔に騙されてはいけないことを、彼はよーく知っていた。
「お兄様。お母様は、本当に私たちを心配してるんだと思います」
「主様。本当ですっ。奥様は、日本にいらっしゃるお2方をすごく気にかけてらして…っ」
「…ナナリー、サラ。それはわかってるよ」
母の弁護をする妹と幼なじみに心は痛むが、だけど、とルルーシュは後を続けた。
「それはわかってるけど、それがこんなに大変な状況にしてまで総督府に来なきゃならないのと、あの魔女を居候させる理由にはならないと思うんだ」
画面の中の母に視線を向けると、マリアンヌは表情を一変させ、朗らかに笑った。
『なぁんだ。やっぱり、ルルはわかってたのね。私がわざとこうなるように情報を流したっていうこと』
「やはりそうでしたか。薄々は気付いてましたよ」
お互い理解しあったような会話に、ナナリーとサラは訳がわからず2人に説明を求めた。
「つまり、だ。今総督府が躍起になっている事件は、元は母上が仕向けたことなんだ」
「え、えぇっ?!」
「お母様が?」
『ごめんなさいね。ルルはともかく、ナナを巻き込むつもりはなかったのよ』
「スザクとかカレンの介入はともかく。荷物をわざと重要機密扱いにしてテロリストに狙わせ、どさくさに紛れてC.C.とサラが逃げられる状況を作ること。これが一つ」
『あ、C.C.を荷物扱いにしたのは、あの子、戸籍とかパスポートとかないから飛行機で優雅にフライトさせてあげられなかったからなの』
「…〜〜っ;そして、この騒動を起こすことで、オレとサラが総督府に浸入しやすい状況を作り出すこと。これが二つ」
『いい具合に混乱して、すごく入りやすかったでしょう。学生のあなた達をあまり長く拘束するのはよくないと思ったの』
「でも、お母様。何故わざわざここにお兄様たちを来させる必要があったんですか?」
ナナリーからの疑問に、マリアンヌは、忘れるところだった、と手を叩いた。
『サラ、例の物はクロちゃんの机にでも置いておいてあげてちょうだい』
「あ、はい。奥様」
サラは鞄の中を探り、小さめの箱を1つ取り出した。外には何も書かれていない、ただのダンボール箱だ。
「何だそれは?」
『クロちゃんへの荷物よ。表向きはそれを送ったことになってるの。あの子がそれを楽しみにしてたのは知ってたけど、でも、ここまで慌てるとは思ってなかったわ』
「は、ははうえ…」
「おかあさま…」
母の仕掛けた策に、呆れた様子のルルーシュとナナリー。マリアンヌはそんな我が子達を見て、楽しそうに笑い出した。
『中々面白かったわ。クロちゃんの慌てっぷり。ふふっ。何せ、あの子をからかうのって、あなた(ルルーシュ)をからかうことの次に面白いんですもの』
「ちなみに、中身は何ですか?」
『クロちゃんが前からすごく見たかったっていう《ぴゅあ少女マジカル・るーちゃん》のDVD全巻・限定マジカルマジックペンセット付きよ♪』
まだまだ子供ねぇ、としみじみ言う母が告げた中身に、一瞬3人とも固まった。(ぴゅあ少女〜は本国で昔やってた大人気魔女っ娘アニメシリーズである)
考えてることは全員一致していたが、クロヴィス殿下の名誉のために言うのは止めておこう。
それはともかく、ひとしきり(優雅に)笑い終わったマリアンヌは、清々しい笑顔を浮かべて3人を見る。
『じゃあね、3人とも。しばらくは元気でいるのよ。毎月の報告は今まで通り忘れないでね♪』
そしてそれを最後にぷつり、と画面は元の黒いものへと戻り、それ以後応答は一切なかった。
しかし、それで収まらないのが、ルルーシュである。
無言でクロヴィスへの荷物を開けると、同梱していたマジックペンを取り出し、ナナリーに一本渡した。
マジックペンを同梱していた…母の意図は、つまり、そういうことである。
口から笑いが漏れるが、目は完全に据わっている。
「ナナリー。やるか
「はい。お兄様っ♪」
「あ、あのっ、どうかほどほどに…あぁっ、それはちょっとマズイですよ!主様、姫様っ」
サラが主兄妹を止める声と、マジック独特のキュキュっという楽しげな音が、しばし総督室に響いていた。


後に皇帝からのお叱りと第2皇子の大笑いと被害者本人の泣き叫びをもたらしたということで伝説となった、エリア11・謎の集団居眠り事件とクロヴィス皇子落書き事件は、こうして幕を閉じた。



〜あとがき〜
以上、クロヴィスさん殺害事件ならぬ、落書き事件でした;ちょっと長かったかも…。
個人的にはまぁ好きです。できれば死んで欲しくないなぁ、というところから、ウチじゃこの皇子サマの死にネタはほぼないです。
っていうか、このシリーズの場合、既にマリアンヌ様生きてるしなぁ(しかも文才ないんでわかりにくいですが、かなりイイ性格のお方かと)。あ、当然ゼロは出てくるんですよ!黒の騎士団も当然です。ただ、在り方だけは原作とかなりかけ離れるかと思います。
それでも、まっ次も読んでやるか、なんて思ってくださったら、続きもどうぞお付き合いくださいませ。