2人の子供が、夕日を手に、野原を歩く。
「スザク。私は、この世界を変えてみせる!」
「ルルーシュ…」
拳を握った紫の子供は、緑の子供の心配そうな視線に対し、口元をきつく結んだ。
「そして、(私の心が)平和な日を、この手に掴むんだ!!」
赤く染まる夕日に向かって、子供は強く宣言した。

もっとも、それが今に始まった決意であれば、彼の兄姉たちには格好良く映るのだろう。
が、幸運にも、もう1人の子供はそのことを知らなかった。

―――皇暦2010年、日本で始めて迎えた夏の、出来事である。



黒の兄妹と紅蓮の騎士



 皇暦2017年。神聖ブリタニア帝国、エリア11。
かつて日本と呼ばれたその国は、最後の首相の死とともに帝国の一属国となり、その姿も名も変えられてしまった。
昔の面影もないほどに経済成長を遂げた日本――エリア11は、今や本国に追いつく勢いで都市化が進み、だがその半面、ゲットーと呼ばれる未開発地域との格差も年々激しくなっている。そのせいで昨今はテロ活動も多い。
もっとも、経済学者の中には、それもまたエリア11の持ち味だと主張する者も増えてきているが。
それはさておき。
そのエリアのとある地域に、1つの学園があった。
名を、アッシュフォード学園。名門アッシュフォード家の主・ルーベンスが創始・経営する、中高一貫の私立校である。
歴史だけで言えば創立数十年と浅いが、建物や庭も含めての敷地はかなり広く、将来の就学率が高いこと以上に、寮設備が整っていることやクラブ活動も盛んである、お祭好きなことなど、そのオープンな校風から人気の高い学校だ。
しかし、ここ数年、学園の人気が高い理由はそれだけではなかった。

――学園屋上。
昼休み過ぎのこの場所に、今、1人の少女が物憂げに佇んでいた。
艶やかな黒髪を風に遊ばせ、白皙の美貌にはめ込まれた1対の紫水晶。
まるで、地上に降り立った天使のごとく、である。
ただし…。
「…疲れた。全く、いつまでオレはこの格好でいなきゃならないんだ」
魅惑的な紅の唇から紡がれた音と一人称が、少年のものでなければ、だが。
そこへ、鍵がかかっていた唯一の扉が錆びた音を立てて開いた。
別段驚くことなく、少年は振り返る。
「やっぱりここにいた。ルルーシュ」
「お兄様。お昼、まだだと思って持ってきましたよ」
タイプは少し違うものの、それぞれ中等部と高等部の制服を纏った、可憐な少女が2人。
「カレン、ナナリー。ありがとう。助かった」
少年の滅多に見られない、柔らかな笑顔。
直視してしまった2人の内、紅い髪の少女が頬を染めた。
「ルルーシュ様!!そ、そんな、お礼なんて!私が主を気遣うのは、当然の役目ですからっ」
「…カレン。いい加減クラスメイトなんだから、その『様』付けと敬語はよしてくれ」
「はっ。申し訳ありません、ルルーシュ様!つい、いつものクセで」
「……そうか(そうは言うが、これで何度目だ…?)」
「仕方ありませんわ、お兄様。カレンさんはお兄様のことが本当にお好きなんですもの」
「当たり前です!あ、もちろんナナリーのことも大好きよっ」
「わぁ、嬉しい。私もカレンさんのこと、大好きです」
仲の良い姉妹のような、微笑ましい少女達の会合。
その間にも、少年は受け取ったお弁当をいつの間にか敷いたビニールシートの上に広げていく。
2段重ねのボックスに詰めた色とりどりのサンドウィッチに、デザートとして添えられたオレンジを丸ごと使ったゼリー。ちょっとした豪華なランチタイムの始まりだ。
「朝、会長に呼ばれて時間がなかったから。急ごしらえで悪い」
「そんなっ。十分おいしいですよっ」
「私もおいしいです。でもお兄様は、本当はカレンさんのお好きなおにぎりにしようと思ってたんですよね」
「な、ナナリーっ。いや、そのたまには…と」
「…っルルーシュ様、そのお心遣い嬉しいです!」
食事の手を一旦止めて、紅い髪の少女は感激のあまり目を潤ませ、きゅっと少年の手を握る。彼は苦笑するだけで振り払おうとはしないし、もう1人の少女もそれを微笑ましく見守っている。
3人にとっては、全く自然で違和感のない光景。
しかし、もし仮に今この場で学園の人間が見れば、それはあまりにも不自然でおかしな光景だった。
その理由は、何か。

まずは、3人の紹介からしよう。
妙に女装の似合う少年の名は、ルルーシュ・ランペルージという。
艶やかな黒髪と紫水晶を思わせる高貴な瞳に、女性と見間違うほど整った顔と華奢な身体。
このアッシュフォード学園において、男女問わず絶大な人気を誇り、生徒会副会長も務める生徒である。
常に冷静沈着で、成績は極めて優秀(授業はよくサボるが)、音楽・家庭科オール優。運動はほぼ全くと言っていいほどできないところが難点だ。
そして、彼の妹が、今傍らにいるナナリー・ランペルージ。
明るい榛色の髪を波打たせ、兄と同じ紫の瞳は透明。
兄とは違い、可愛い感じのこの少女は、まだ中等部の生徒ではあるが、生徒会に所属し高等部の兄をサポートしている。
春の野原を思わせる柔らかな雰囲気と優しさを身に纏っていることから、生徒会のマスコット的存在として人気が高い…が、極度なシスコンの兄とそれを本気で嬉しく思っている彼女自身のため、彼女に近づく男はまずいない。
常に明るく元気で、授業態度・成績も良好。運動については、兄とは正反対で、活発なためかなり神経がいい。
最後に残る少女は、名をカレン・シュタットフェルト。
燃えるような紅色の髪に、強い意志を秘めた翡翠色の瞳。
シュタットフェルト家の令嬢で、性格はかなり大人しめ。病弱な体質からあまり学園に顔は見せないものの、成績は優秀、生徒会メンバーとして学園を支える重要な1人である。
可憐な美少女に加え、丁寧な物腰と儚げな気質ゆえか、その人気は学園内で他の生徒会女性メンバーと1,2を争う高人気である。
そんな3人だが、生徒会メンバーであることと、ルルーシュとカレンがクラスメイトである以外(いやそれだけでも十分だが)、全く接点がない。廊下ですれ違っても挨拶程度だし、特にルルーシュとカレンが仕事以外で話している姿は、学園の誰に聞いても見たことがないと言うだろう。
いや、正確には接点がないと『認識されている』が正しいところ。
それは3人が秘密を守るため、ワザとしていることだった。
実は、ランペルージ兄妹。本名はそれぞれ、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、ナナリー・ヴィ・ブリタニアという。
つまり、れっきとした神聖ブリタニア帝国第11皇子、第4皇女…皇位継承者ということだ。
ところが、この兄妹、7年前に死んでいるのだ。盛大な葬儀までされて。
もちろんここにいる2人は、幽霊でも偽者でもない、本物である。
では何故生きているのかというと、実のところ、彼らは死んでなどいなかった。
あれこれあった2人は、日本に留学することに成功し、どさくさに紛れて皇家から完全に家出するために偽装したのだ。
それから母の親戚であったアッシュフォード家に厳重に匿われ、今に至ることとなった。
一方2人が保護された当時、日本人の『紅月カレン』として母兄と楽しく暮らしていた彼女は、今まで散々無視してきた名門であるシュタットフェルト家の父に呼び寄せられ『カレン・シュタットフェルト』と名を変えることになった。
突然名家の跡取り令嬢となってしまったカレンは、ある日連れられたパーティー会場の屋敷内で迷子になる。
『きみ、大丈夫?迷子?』
1人泣いていたそこへ、指し伸ばされた手に沿い見上げ…そこに、1人の天使を見た。
優しい笑顔と紫色の甘い瞳。柔らかな黒髪に、天使の輪が光り輝く。
その後、…長いので割愛するが…色々あって、彼の熱愛的虜になってしまったカレンは、半ば口説き落とす形でルルーシュの騎士となった。
カレンが訪れていた屋敷は、アッシュフォードの別宅。そしてこれが、2人の出会いである。
もっとも、その他諸々の事情で、表立っては仲がいいことを隠しているわけだが。

1週間に1回、カレンとナナリーの要望で、誰にも内緒のランチタイムが行われる。
たった3人だが、この7年の間に、既に3人でいることが彼らにとっては当たり前のことになっていった。
「でも災難でしたね、ルルーシュ様。今度の生徒会の企画用に、その…女装、させられるなんて」
「まったくだ。会長も何考えてるんだか。女性用制服を、こんな男に着せるなんて悪趣味にも程がある」
「そんなことありませんよ、お兄様。ねぇ、カレンさん」
「えぇ。すっごく似合ってます。あのプリン伯爵に見せたらヤバいくらいに」
「カレン…それはフォローになってないぞ」
げんなりとした表情のルルーシュ。だがそれすらも絵になってしまう美しさは、正直罪作りとしか言いようがない。
ランチタイムも終盤の頃、ふと、かすかなコール音を伴って、ルルーシュの携帯が鳴りだした。
「あぁ、すまない…はい。もしも………お前か。久しぶりだな」
顔を引き攣らせながらも、優しい微笑みを見せる。それは、相手が彼にとって心許せる者の証拠であり、そんな人間の数はかなり少ない。
「げっ。もしかして、伯爵からかしら?」
「そうみたいですね」
彼女たちの言う伯爵―ロイド・アスプルンドは、本国軍特別派遣嚮導技術部で主任を務める男である。
浅黄色の髪に、眼鏡の奥で光るアイスブルーの瞳。飄々とした性格なのに、昔から何よりもルルーシュとプリンとナイトメアを愛する青年。
ナナリーの話によれば、一目会った時からルルーシュの騎士候補に名乗りを上げたくらい惚れこんでいて、今でも諦めていないのか、一月に1度くらいの割合で電話を掛けてきたりしている。
ルルーシュ自身も彼を気に入ってはいるので、カレンにとっては、目下最大のライバルと言える相手だ。
そして彼もまた、ルルーシュ・ナナリー兄妹が生きてエリア11にいることを知る1人である。
穏やかに話していたルルーシュだったが、突然、素っ頓狂な声をあげた。
「ほわ?!…すまない。耳が遠かったようだ。もう一回言ってくれないか?」
『や〜、我が君かっわいい!今のもう一回、言ってみませんかぁ』
「…冗談はほどほどにしておけよ?」
『わかってますって〜。だから〜、近々そちらの方へ施設移動させられることになったんですよ〜』
「そちらとは、どこだ?」
『アッシュフォードの大学内〜。あはっ。つまりはご近所さんですね〜v』
「…誰が、言い出した?」
『そんなの、シュナイゼル殿下に決まってるでしょ〜』
ロイドの上司であり、ルルーシュたちの義兄でもある第2皇子の名が再び出た途端、ルルーシュの顔が凍りついた。
かすかに聞こえたナナリーとカレンも驚きに目を瞠る。
『でーんーかー。現実逃避しても、既に決定事項ですからっ』
耳元で主の反応を見透かしたロイドが、スピーカー越しに叫ぶ。
だが、それもルルーシュの耳を右から左に抜けていくばかり。
「お兄様。おにいさまっ。…駄目ですね。もしもし、ロイドさん?」
『ありゃぁっ。これは殿下。お元気そうで〜』
「私もいるわよ。伯爵」
『それは当然でしょ。君はいない方がおかしいじゃない』
「残念ですけど、お兄様は固まってしまわれました」
『あっちゃ〜、やっぱり?我が君はホント、あの人苦手ですよねぇ』
ロイドが面白げに言う。王宮にいた頃、ルルーシュがチェスで唯一勝てない(とした)人物がシュナイゼルで、昔から年上の義兄を苦手としていた。
「私も、あの方苦手かも…」
「私は、シュナイゼルお兄様も結構好きです。譲りませんけど」
『あはは〜、さすが殿下。じゃあ、代わりに伝えておいて貰っても構わないです〜?』
「はい。お兄様がこれ以上逃避されないのでしたら、どうぞ」
『行くのは僕とセシル君と数名の研究員だけで、シュナイゼル殿下は来れないですから〜、って』
「あら?お義兄様いらっしゃらないんですね」
『マリアンヌ様に上手く止められましたから〜』
「さすがお母様。わかりました」
『ではよろしく〜。あ、カレン君。我が君に変なことしないでよ〜?』
「ご心配なく。そんなことしないし、アンタに比べたらずーっとマシよ!」
ぶちっと最後にカレンが勢い良く携帯の終了ボタンを押す。無機質な音が流れ、通話は切れた。
横を見れば、ナナリーがルルーシュを我に返して伝言を伝えていた。
「そ、そうか…。よかった…」
「けれど、ロイドさんたちがいらっしゃると、ますます賑やかになりますね」
「…ますます面倒なことが増える、の間違いだと思いますけど」
喜ぶナナリーと対照に、ぼそりと呟くカレン。ルルーシュの心境も、どちらかといえば後者だ。
「あの、ルルーシュ様。いざという時は、私が盾なり身代わりなりになって、お守りしますからねっ」
真剣な表情で、カレンは強く宣言した。
カレンは優しい。会ったときから、こうやってルルーシュやナナリーのことを常に気にかけてきてくれた。
「ありがとう。カレン」
「はいっ」
元気一杯の、満面の笑み。ルルーシュの大好きな、カレンの笑顔。
そこへちょうど、授業終了の鐘の音が響き渡った。
「さて。帰るか」
『はい!』
一式を片付けて、3人は立ち上がる。
青空へと吹き抜ける風が、心地よい。
来週もまた、ここで3人の時間が過ごせるだろう嬉しさに、ルルーシュは密かな笑みを浮かべた。
「しかし…この服、もう着替えてもいいだろうか」
『ダメですっ』
「折角お綺麗ですのに、もったいないです!」
「お母様にもお見せしたいので、せめてお写真1枚、3人で撮りましょう♪」
「……わかった…」
ため息混じりに、返事をする。己がこの大変可愛い妹と優しい騎士に勝てる日は、果たしていつ来るのだろうか。
屋上の扉が、パタン、と音を立てて閉じた。


これが、ルルーシュ・ランペルージのごく普通な、約一週間前までの日常生活である。



〜あとがき〜
うぅ…ちょっとアップ遅れました…。まさか、書き上げ寸前の文章、うっかり全部消しちゃうハメになるとは思わなかったです(泣)
人呼んで、『黒のメサイア』シリーズ(笑)2つ考えてたネタの内、シリアス色よりはコメディ要素の方が強い方です。むしろパラレルと考えてもらった方がいいかもしれないですね。
だって、マリアンヌ様生存してるし、ナナリー目が見えるし、カレンさん騎士になってるし、日本は別に占領されたわけじゃないし、オリキャラ出す気満々だし。ってか、根本から違うっぽい;
多分このまま別シナリオとして、段々原作から遠ざかっていくかと。LostColorsプレイしてたら、それも悪くないかなぁ…なんて。
傾向としては…ルル様総受け。…うん、恐らくそれが一番ぴったり来るや;
では、お次からアニメ第1話沿いで行きます。