２人の子供が、夕日を手に、野原を歩く。
「スザク。僕は、この世界を変えてみせる！」
「ルルーシュ…」
拳を握った紫の子供は、緑の子供の心配そうな視線に対し、口元をきつく結んだ。
「そして、（私の心が）平和な日を、この手に掴むんだ！！」
――――ブリタニアを、ぶっ壊すっ！！ 赤く染まる夕日に向かって、子供は強く宣言した。

もっとも、それが今に始まった決意であれば、子供の兄姉たちには格好良く映るのだろう。
が、幸運にも、もう１人の子供はそのことを知らなかった。

―――皇暦２０１０年、日本で始めて迎えた夏の、出来事である。

黒の姫君と双玉の騎士

　皇暦２０１５年。神聖ブリタニア帝国、エリア１１。
かつて日本と呼ばれたその国は、最後の首相の死とともに攻め込んだ帝国の一属国となり、その姿も名も変えられてしまった。
昔の面影もないほどに経済成長を遂げた日本――エリア１１は、今や本国に追いつく勢いで都市化が進み、だがその半面、ゲットーと呼ばれる未開発地域との格差も年々激しくなっている。そのせいもあってテロ活動が全エリアの中で断突に多い。もっとも、経済学者の中には、それもまたエリア１１の持ち味だと主張する者も増えてきているが。
それはさておき。
そのエリアのとある地域に、１つの学園があった。
名を、アッシュフォード学園。かつては名門貴族であったアッシュフォード家の主・ルーベンスが創始・経営する、中高一貫の私立校である。
歴史だけで言えば創立十年にも満たない浅さだが、建物や庭も含めての敷地はかなり広く、貴族の子弟たちが集まっていることでも有名。更に、作法や社交術の授業も取り入れられ、将来の就学率が高いこと以上に、寮設備が整っていることやクラブ活動も盛んであり、かつお祭好きなことなど、そのオープンな校風からも人気の高い学校だ。
しかし、ここ数年、学園の人気が高い理由はそれだけではなかった。

――学園屋上。
昼休み過ぎのこの場所に、今、１人の少女が物憂げに佇んでいた。
艶やかな黒髪を風に遊ばせ、白皙の美貌にはめ込まれた１対の紫水晶。
まるで、地上に降り立った女神か天使のごとく、である。
ただし…
「…疲れた。全く、いつまでオレはこの格好でいなきゃならないんだ」
魅惑的な紅の唇から紡がれた一人称が、少年のものでなければ、だが。
そこへ、鍵がかかっていた唯一の扉が錆びた音を立てて開いた。
別段驚くことなく、少女は振り返る。
「やっぱりここにいた。ルルーシュ」
「お兄様。このままだとお昼食べ損ねると思って持ってきましたよ」
タイプは少し違うものの、同じ中等部の制服を纏った、可憐な少女が２人。
「カレン、ナナリー。ありがとう。助かった」
少女の滅多に見られない、柔らかな笑顔。
直視してしまった２人の内、紅い髪の少女が頬を染めた。
「ルルーシュ様！！そ、そんな、お礼なんて！主を気遣うのは、当然の役目ですからっ」
「…カレン。クラスメイトなんだから、いい加減その『様』付けと敬語はよしてくれ」
「はっ。申し訳ありません、ルルーシュ様！つい、いつものクセで」
「……そうか（そうは言うが、これで何度目だ…？）」
「仕方ありませんわ、お兄様。カレンさんはお兄様のことが本当にお好きなんですもの」
「当たり前です！あ、もちろんナナリーちゃんのことも大好きよっ」
「わぁ、嬉しい。私もカレンさんのこと、大好きです」
仲の良い姉妹のような、微笑ましい少女達の会合。
その間にも、兄と呼ばれた少女は受け取ったお弁当をいつの間にか敷いたビニールシートの上に広げていく。
２段重ねのボックスに詰めた色とりどりのサンドウィッチに、デザートとして添えられたオレンジを丸ごと使ったゼリー。ちょっとした豪華なランチタイムの始まりだ。
「朝、会長に呼ばれて時間がなかったから。急ごしらえで悪い」
「そんなっ。十分おいしいですよっ」
「私もおいしいです。でもお兄様は、本当はカレンさんのお好きなおにぎりにしようと思ってたんですよね」
「な、ナナリーっ。いや、そのたまには…と」
「…っルルーシュ様、そのお心遣い嬉しいです！」
食事の手を一旦止めて、紅い髪の少女は感激のあまり目を潤ませ、きゅっと少女の手を握る。彼女は苦笑するだけで振り払おうとはしないし、もう１人の少女もそれを微笑ましく見守っている。
３人にとっては、全く自然で違和感のない光景。
しかし、もし仮に今この場で学園の人間が見れば、それはあまりにも不自然でおかしい、倒錯的な光景だった。
その理由は、何か。

まずは、３人の紹介からしよう。
女装に違和感のないこの少年の名は、ルルーシュ・ランペルージという。
艶やかな黒髪と紫水晶を思わせる高貴な瞳に、女優・モデルも顔負けの整った顔と華奢な身体。
このアッシュフォード学園において、男女問わず絶大な人気を誇り、生徒会副会長も務める生徒である。
常に冷静沈着で、成績は極めて優秀（授業はよくサボるが）、音楽・家庭科オール優。運動はほぼ全くと言っていいほどできないところが難点だ。
そして彼の妹が、傍らにいるナナリー・ランペルージ。
明るい榛色の髪を波打たせ、兄と同じ紫の瞳は透明で明るい色合い。
綺麗がぴったりな兄とは違い、可愛らしいこの少女は、今年中等部に入学した生徒ではあるものの、生徒会に所属し兄をサポートしている。
春の野原を思わせる柔らかな雰囲気と優しさを身に纏っていることから、生徒会のマスコット的存在として人気が高い…が、極度なシスコンの兄とそれを本気で嬉しく思っている彼女自身のため、彼女に近づける男はまずいない。
常に明るく元気で、授業態度・成績も良好。体育については、兄とは正反対の活発な性質からか、かなり運動神経がいい。
最後に残る少女は、名をカレン・シュタットフェルト。今年ルルーシュのクラスに転入してきた生徒である。
燃えるような紅色の髪に、強い意志を秘めた翡翠色の瞳。
名門・シュタットフェルト家の令嬢で、性格はかなり大人しめ。少々病弱な体質からあまり学園に顔は見せないものの、成績は優秀。生徒会の新メンバーとして学園を支える重要な１人である。
可憐な美少女に加え、丁寧な物腰と儚げな気質ゆえか、その人気は学園内で他の生徒会女性メンバーと１，２を争う高人気である。
そんな３人だが、生徒会メンバーであることと、ルルーシュとカレンがクラスメイトである以外（いやそれだけでも十分だが）、全く接点がない。廊下ですれ違っても挨拶程度だし、特にルルーシュとカレンが仕事以外で話している姿は、学園の誰に聞いても見たことがないと言うだろう。
いや、正確にはあまり接点がないと『認識されている』が正しいところ。
それは３人が秘密を守るため、ワザとしていることだった。
実は、ランペルージ兄妹。本名はそれぞれ、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、ナナリー・ヴィ・ブリタニア。れっきとした神聖ブリタニア帝国第３皇女、第５皇女…皇位継承者である。
さて、ここでお気付きの方もいるだろうが、皇女というからには、ルルーシュは「兄」ではない。「姉」である。本名での戸籍は「女」で登録してあるし、現存しているルルーシュ姫の数少ない写真には、愛らしい黒髪の小さな姫君が写っている。 なのに、ルルーシュの言葉づかいは男のものだし、話からすれば女装しているような印象も受ける。 ―――実はこの姉妹、帝国と日本の戦争に巻き込まれて５年前に死んでいるのだ。しかも盛大な葬儀までされて。
もちろんここにいる２人は、幽霊でも偽者でもない、本物の元皇女たちである。
では何故生きているのかというと、実のところ、彼らは死んでなどいなかった。
あれこれあって日本に留学することに成功した２人は、どさくさに紛れて皇族から完全に家出するために偽装したのだ。
それから母の親戚であったアッシュフォード家に厳重に匿われ、警戒しながらもそれなりに楽しい学園生活を送ることとなった。
一方２人が保護された当時、今まで日本人の『紅月カレン』として母兄と楽しく暮らしていた彼女は、兄の死とほぼ同時に今まで散々こちらを無視してきたシュタットフェルト家の父に呼び寄せられ『カレン・シュタットフェルト』と名を変えることになった。
突然名家の跡取り令嬢となってしまったカレンは、ある日嫌気がさして思わず家出してしまい、ゲットーの入り口付近で性質の悪い大人のイレブンたちから絡まれてしまった。
そこへ助けに入ったのが、ルルーシュというわけである。
あっという間に大人たちを追い払うと、蹲るカレンに声をかけた。
『きみ、大丈夫？立てる？』
指し伸ばされた手に沿い見上げ…そこに、１人の天使を見た。
優しい笑顔と紫色の甘い瞳。柔らかな黒髪に、天使の輪が光り輝く。
その後…長いので割愛するが…色々あって、彼の熱愛的虜になってしまったカレンは、半ば口説き落とす形でルルーシュの騎士の片割れとなった。
これが、２人の出会いである。
もっとも、その他諸々の事情で、表立っては仲がいいことを今は隠しているわけだが。

１週間に１回、カレンとナナリーの要望で、誰にも内緒のランチタイムが行われる。
たった３人だが、この何年かの間に、既に３人一緒にいることが彼らにとっては当たり前のことになっていった。
「でも災難でしたね、ルルーシュ様。今度の生徒会の企画用に、その…女装、させられるなんて」
「まったくだ。会長も何考えてるんだか。女性用制服を、こんな男に着せるなんて悪趣味にも程がある」
「そんなことありませんよ、お兄様。本当はお姉様なんですから、ちっとも変じゃありません。ねぇ、カレンさん」
「えぇ。すっごく似合ってます。私でも恋人にしたいほどヤバいくらいに」
目を輝かせるカレンに、げんなりとした表情のルルーシュ。だがそれすらも絵になってしまう美しさは、正直罪作りとしか言いようがない。
「カレン…それは『フォローになってないぞぉ』…？！」
ルルーシュの台詞に被るように、この場にはいない第三者の声がして、カレンは目を瞠った。
「はぁい、ルルちゃん。お腹すいたからお邪魔するわ。ダメよ、カレン。ここが学園だからって、気を抜かないの」
言葉づかいもね、とサンドウィッチをつまんでにっこりと笑ったのは、１人高等部の制服を纏った少女―――この学園の生徒会長であり、アッシュフォード現当主の孫娘であるミレイ。
もちろん彼女もただの一生徒というわけではない。彼女こそ、幼いながらも当主の協力を得てルルーシュたちを匿うよう手配した本人であり、幼い頃彼女に唯一の誓いを立てたもう１人の騎士…つまりカレンの片割れである。
先輩騎士に主への危険性を指摘されたカレンは慌てて謝った。
「は、はいっ。すいません、ミレイさ…じゃなくて会長！」
「ミレイ…カレンをあまりからかうな。この学園自体が、オレたちに用意してくれた最高に安全な『箱庭』なんだろう？」
「もっちろん！我が主と妹姫のためだけに用意した、我が一族自慢の『箱庭』ですから」
「警備も厳重ですしね。だから、カレンさんもそんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
「…ありがとう。けど、ミ…会長の言う通り、学園だからっていつ他人に聞かれるかわからないから。その時のために、慣れるよう頑張るわっ」
「よく言ったカレン！その意気よ！」
意気込むカレンの背中をバシッと叩いて応援するミレイ。背中を叩くのは、彼女曰く、「ガッツの魔法」なんだとか。ルルーシュたちも落ち込んだ時なんかによくやられた記憶がある。痛そうな音に顔を見合わせたルルーシュとナナリーは、お互い苦笑を浮かべた。
それを機に、穏やかなランチタイムは再開された。
弁当を食べながら、学園の話、街の話、最近の情勢など、取り留めのない話題が上っては消える。
やがてランチも終わった頃、ミレイはしみじみと言った。
「でも、あれから５年が経つのね」
あれから…ヴィ家の姉妹が死んだことになった時から。
今となっては、姉妹が帝国に見つからないか怯えて暮らしていた最初の数年が嘘のようだ。本国を離れこのエリアに学園を造ったことは、ルルーシュの死を信じない者たちが匿いを疑ってもおかしくない、言うなれば諸刃の策。
『箱庭』を造ったものの、帝国の探りが何度か入ったため彼女たちを入学させることすらできなかった日々に比べれば、ずっといいとミレイは思う。
帝国からの探りは数年ほどで消えてくれたし、予想以上に多くの生徒たちがここへ入学してくれたし、それに今は、クラブハウスに姉妹の住居を兼ね備えさせ、生徒会長という権限を持ったことで学園内でのルルーシュたちを守る力も状況も作り出し、そして、同志であり親友でもあるカレンを転入させることができた―――。
弁当の箱を片付けながら、ルルーシュとナナリーは感慨深げに言う。
「早いものだな。何だか昔からこんな生活をしていたような気がする」
「そうですね。ここでの生活は、本当に楽しくて。昔のことなんて忘れてしまいそうです」
「フフっ。ルルちゃんとナナちゃんがそう言ってくれて嬉しいわ」
ミレイは、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべた。何も言わないカレンも、彼女たちの様子に同じく嬉しそうだ。
だからこそ、余計に心に響いたのかもしれない。
「ずっと、こんな生活が続けば、いいのにな」
ぽつりと呟いた、ルルーシュの言葉。
学園は、どこまでいっても仮初に作った『箱庭』。彼女がいつか目的を果たすための準備を進めていることを、知らない３人ではない。
ただ、滅多に聞けない彼女の本音が聞けたようで、３人は一様にはっとした。
「あの、ルルーシュ様。いざという時は、私が盾なり身代わりなりになって、お守りしますからねっ」
真剣な表情で、カレンは強く宣言した。
カレンは優しい。会ったときから、こうやってルルーシュやナナリーのことを常に気にかけてきてくれた。
「あら。駄目よ。《盾》になるのは私の役目。あなたの役目は、主の《剣》として、主の望む道を開くことでしょ？」
だから身代わりで倒れてはいけない、とミレイがカレンの頭を撫でて、ルルーシュの方に頼もしい視線を向けた。
ミレイは強い。１つ年上というのもあるが、折れることない主への絶対の忠誠を持ち、いつでもルルーシュを心身ともに支えてくれている。
「ありがとう。カレン、ミレイ」
「はいっ」
「どーいたしましてっ」
元気一杯の、満面の笑み。ルルーシュの大好きな、カレンとミレイの笑顔。
「おにぃ…お姉様。ナナリーも、ずっと側にいますからね」
「ナナリー。ありがとう」
元気づけるような妹の言葉に、ルルーシュの顔に笑顔が戻る。
そこへちょうど、授業終了の鐘の音が響き渡った。
「さて。帰るか」
『はい！』
一式を片付けて、４人は立ち上がる。
青空へと吹き抜ける風が、心地よい。天気予報では、この青空が一週間は続くと言っていたか。
来週もまた、ここで４人の時間が過ごせるだろう嬉しさに、ルルーシュは密かな笑みを浮かべた。
「しかし…この服、もう着替えてもいいだろうか」
『ダメ（です）っ』
「折角お綺麗ですのに、もったいないです！」
「そうよ。ルルちゃんが本来の制服を着てる機会なんて中々ないんだからっ」
「お母様にもお見せしたいので、せめてお写真１枚、４人で撮りましょう♪」
「……わかった…」
ため息混じりに、返事をする。己がこの大変可愛い妹と優しい騎士たちに勝てる日は、果たしていつ来るのだろうか。
屋上の扉が、パタン、と音を立てて閉じた。


これが、ルルーシュ・ランペルージのごく普通な、約数年前までの日常生活である。

〜あとがき〜
……これを書いている時は、まさかこんなことになるとは思わなかった；
そう、まさか好きなＣＰが思いっきり変わるなんてっ！！（ルル様受けは変わんなかったけど）
というわけで、どうにもこれ以上スザルル方向で書けなくなったので、『黒のメサイア』シリーズも書き直しと相成りました。そのおかげで、設定もちょっと変わりましたとも。当初考えていた２つのネタのいいとこどりしたみたいになってます。
まず、ルル様女の子です。えぇ、とっても美少女。そして騎士はカレンちゃんに加えてミレイさんです。で、ミレイさんとルル様はほぼ幼馴染状態です。
でも大まかな設定は変わってないですよ。お母様は生きてますし、ナナさんは目が見えてますし、オリキャラのあの子もいてますし。ただ、藤ルル要素が入るくらいです。当初のスザルル要素入りより、かーなーりー多い目に（笑）
それでもって、これが変更の最終決定になるかと。これ以上はＣＰ変更で書き換え〜、なんて目にはならないはず…；